幕恋hours short

□初詣ラプソディ壱/弐
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「はーっ、寒かったッスね。さ、姉さんこっちへどうぞ」

襟巻きを取りながら、慎ちゃんが火のそばへと促してくれた。


「ありがとう、慎ちゃん」

火鉢に手をかざしてほっと息をつく。龍馬さんに借りていた羽織を、返そうと脱ぎかけた手がふと止められた。


「まだ、寒いきに着ちょってええよ」

優しく笑いかけてくれる顔が照れくさくて、思わずうつむく。そこへ、お登勢さんが熱いお茶を運んできてくれた。

「あら、深雪はん、せっかくの着物がみーんな隠れてしまってるやないの?」

「あはは、実は思ったよりも寒くて…龍馬さんのを借りたんです」

「色白のあんたによう似おうて、ほんまに綺麗やったのに。世の男はんたちは損しましたなあ」


そんなことを言って、おどけて笑う。そこに居合わせたみんなも釣られるように和やかに笑った。
だけど、龍馬さんの笑顔だけがほかの人と違って。

気のせいなんかじゃない、実はさっきから気づいていた。
穏やかな空気を乱さないように、さりげなく部屋を出て行く龍馬さんを思わず追いかける。



「待って、龍馬さん」


廊下で龍馬さんの背に声をかけると、振り返らずにどんどん歩いて行ってしまう。こんな龍馬さんは初めてで、どうしていいのかわからずただ一生懸命あとを追う。

不安でそっと袖を掴むと、ちらりと目を遣りながら何も言ってくれない。尚更胸がどきどきしてきた。

やっと顔を向けてくれたのは龍馬さんの部屋。そこは万一捕り方が踏み込んだ時の用心に寺田屋でも奥の方に位置する場所だった。



「龍馬さん、あの…」
言いかけたわたしを制するように、龍馬さんはわたしの唇に指をあてた。

「……っ」

見上げた顔は、困ったような、少し怒ったような…そして悲しそうな色を浮かべていた。


どうして、なぜそんな顔をしているの?


心配でそう問いかけたくても、温かい指先はまだわたしの唇の上。口ごもっていると、龍馬さんはやっとその表情を崩してくれた。

「すまん」


「…?」


少しだけ、いつもの笑みを取り戻した龍馬さんは優しくわたしを抱き寄せてくれた。恥ずかしかったけど、やっと安心して身体を預ける。
でも、どうして謝るんだろう?


その疑問に答えるように、龍馬さんは耳元に囁きかけた。




「ワシもまだまだじゃの…おんしが他人…いや、ほかの男から贈られた着物を着ちょるだけで、こんなに心が乱されるとは思わんかった」


「えっ」

「好いた女子に家紋をあしらった着物を着せる。いつかワシもおんしにしたいと思っちょったことを、あっさりと大久保さんに先を越されてしもうた」

意味を測りかねてただ顔を見つめるわたしの頭を、龍馬さんは苦笑混じりになでた。


「要は、ヤキモチじゃ!みっともないのう」


照れ隠しのように、不意に大きな声で言うと龍馬さんはいつものように悪戯っぽく哄笑した。

「えっ?あの、龍馬さんが?ヤキモチ…?」

思いがけない言葉に狼狽えるわたしを、龍馬さんはぎゅっと抱きしめた。おかげで顔が見えないけど、わたしにはわかる。



「ううん…みっともなくても、いいです。ありがとう、龍馬さん」


お互い、紅く染まった顔を隠すようにわたしと龍馬さんは深く深く抱き合って、心も身体も暖めあったのでした。








2014.1.22
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