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□清らかな白いキャンパスの君
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君というキャンパスに俺を描こう。だって俺達は恋人同士なんだから。世界中の誰よりも俺達はお揃いになるべきなんだ、ねえ。そう思わないかい?


じゃらじゃらじゃらじゃら。


隣を歩く香水のきつい女とズボンをだらしなく下げた男の携帯にお揃いのストラップが揺れている。まったくそんなにじゃらじゃら重しをつけたら携帯の機能を既にはたしていないのではないか。携帯は携帯できるからこその名称なのに。

青と薄紅のストラップ。明らかに企業が男女がペアになる俗にいう恋人を対象にして売り出したもの。全くそれを分かっていて皆買うんだから人間って本当に愚かで面白い。自分たちの愛は既製品と同レベルと言っているようなものではないか。


時間を無駄にしてしまった。
くだらない男女の恋愛事情になんて意識を向けている時間ではないのに。カウンターで購入したさして味気もない紅茶を机に置いて窓際の席を陣取る。現在時刻は3時50分、あと10分程度でこのガラス越を帝人君が通る時間だ。
帝人君は照れ屋さんだから俺と会うとすぐ逃げ出しちゃうんだよね、全く可愛いんだから。

せっかく買った紅茶に一口も口をつけずただ携帯のボタンを連打していく。愛している、今日も可愛いね、帝人君に会いたいなあ。


カチカチカチカチカチカチ


昨日も一昨日もその一昨日も帝人君は真っ白な表情で携帯を握りしめて通り過ぎていった。そんなに俺のメールが嬉しいだなんて、もっともっと送ってあげなきゃ。帝人君、と文字を打ったところで画面端のデジタル時計が4時を告げる。そろそろだ。そろそろ俺の恋人が此処を通り過ぎる時間だ。

1分2分3分4分5分。

まだ来ない。まだ来ないまだ来ない、ああやっと来た。

いつもと同じ帰り道いつもと同じなのに今日は違った。隣にアイツがいた。いては成らない筈の男が帝人君の隣にいたのだ。平和島静雄。
いつもなら俺が送ったメールを見てくれているはずのあの青い眼はいまやバーテン服の男しか見ていない。いつもなら白く不健康そうな顔もどこか上気して赤みを帯びている。


何あれ、何で帝人君が静ちゃんといるの。何でどうして?


目の前の現実が直視できず書きかけていたメールを帝人君に送る。
彼が携帯電話を見るまでの時間があまりにも長くて、それを待ち続けるのがあまりにも辛くてただただ目の前の紅茶に人工甘味料を入れ続ける。薄い琥珀色の液体の中で溶けきれなかったソレは山になって積もっていく。

ガラス越に彼の小さな体が震えるのが見えた。上気していた顔はいつものように白くなってやっといつもの彼に戻ってくれた。


「………」

「………」


ガラス越では何を話しているのか聞こえない。
震えながら画面を開こうとする帝人君の手からあの男が携帯を奪い取る。ちょっと、何やってるのさ。俺は君に見せるために帝人君にメールを送ったんじゃないんだけど。無骨な、それはあの男にお似合いなほど不格好な携帯と帝人君の携帯を比べながら何か操作しているがそんな事はもうどうでもいい。


「何、アレ。」


思わず口に出していたのか、目の前のカップルがちらりと目線だけを自分によこす。

青と黄のストラップ。
形状が少し歪なのはおそらく二つ合わさって本来の形になるものだからだろう。少し前に自分が既製品と嘲笑したものを正に彼らが付けていた。
もう一度帝人君、とメールを送るが今度は彼に届くことはなくそのままの状態で返送されてきた。きっとあの男が操作したのだろう。鬱陶しい。

返された携帯電話を幸せそうに受け取る帝人君に腹の底が唸るような奇妙な感触を覚える。自分には笑いかけてくれたことさえないのにどうして赤の他人の静ちゃんには笑いかけるの、なんで静ちゃんとお揃いのものなんて持ってるのさ。


ああ、そっか。
帝人くんは真っ白だからか!だから直ぐ人の色に染まっちゃうんだね!
じゃあもう一度俺とお揃いの色にしてあげればいいんだ!

帝人君も静ちゃんとお揃いより俺とおそろいの方が嬉しいよねぇ。


すっかり冷めきってしまった紅茶に口をつける気にもならず席を立ちあがる。入れすぎた砂糖は未だ溶けきることなく底で砂のように揺れ続けた。


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