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□終わらない4/1
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帝人君。帝人。帝人君。帝人。帝人君。帝人。
狂ったように繰り返される自分の名前が未だ覚醒していない鼓膜をふるわせ続ける。
この空間で唯一現実から逃げられる睡眠から無理やり引き起こされそうになるがいやだ、目を開けたくない。
もし目を開けてしまったらまた一日が始まってしまう。
聞こえてくる呼び声を半強制的にシャットダウンするが無理やり歯列を割ってねじ込まれた舌が酸素を奪っていく。
まじり合う唾液から逃げるように身を捩れば何だ起きてるじゃないか、とあっさりばれた。
一度ばれてしまえばこの2人から逃れるのは無理なわけで。
堪忍したように重たい瞼をこじ開ければいつもと同じようにいつもと同じ体勢でいつもと同じ笑顔で笑っている黒い男と金の男がいた。
名前で呼ぶのも煩わしいが折原臨也と平和島静雄だ。
本来ならこの2人が揃って喧嘩の一つも始めないことが非日常なわけだが今の自分にとってはどうでもいい。
今のこの状況こそが何よりも最悪な非日常なのだから。
彼からから目を放しぐるり、と眼球だけで目を動かせば白い部屋には時計と箪笥とカレンダーが一つ。時計はあるが窓もないため今が昼なのか夜なのかも分からない。
昨日意識を失ってから何一つ。
もっと言ってしまうなら自分が連れてこられてから何一つとして変わっていない部屋の様子に絶望だけが襲ってきた。
ああ、ならばどうせこの2人はまたいつもの様にあの質問を投げかけてくるのだろう。
全くもって忌々しい。
「帝人君は俺の事愛してるよね?」
「帝人は俺の事愛してくれてるよな」
服も食事もろくに与えられず(いや食事は与えられているが)こんな所で鎖に繋いだ本人たちをいったいどうして愛せというのか。
これでもし僕が愛していますとでもいうことを期待しているのだろうか。ここで愛しています、と言わないのは自分にとって最後の抵抗だ。
だから今日も2人にとってお望みの言葉を吐いてやる。
「僕は臨也さんなんて愛してませんしもちろん静雄さんも愛してません。」
カサカサに乾ききった唇でそう告げ終わるとこれ以上喋ることも億劫で口を閉じた。
見ればまた昨日までと同じようにそれこそ昨日とったテープでも巻き戻して再生しているのではないか、と言うくらい全く同じ表情で呆ける2人がいた。
ああ、ここまで同じならば次に返ってくる言葉も同じだろう。
ああ、本当に忌々しい。
「ああ、そうか!今日は4月1日だものね!なんだなんだ、驚いちゃったよ!」
「あ゛―、くそっ。まさか引っかかるとは思わなかった…。」
折原臨也と平和島静雄は壁に掛かっているカレンダーにちらり、と目を向けて困った、してやられた、という表情を向けてくる。
少しは昨日までと違う流れになりはしないか、と期待したがセリフまでも録音したかのように全く同じ台詞でまたしても絶望が襲う。
それならばこの後にくるあの悪夢のような時間もまた同じということだからだ。
「本当は早く俺か静ちゃんか選んで欲しいんだけどね―」
「まあ、帝人は優しいからな。」
ぐしゃぐしゃと力強い手で髪をなでられるが全くもって嬉しくない。
だから何をいっているんだ。
さっさとこの2人には目を覚まして頂きたいが自らの都合で動く脳内が見せる夢から覚める気配は全くない。
それに本当に愛しているんだったらこんな鍵も鎖もなくたって此処から逃げ出したりなどしないのに。
だがやはりその矛盾に気がつく気配もない。
「でも俺らを騙した帝人君にはちょっとお仕置きしないとね!」
やはり昨日と全く同じ折原臨也の言葉に全く同じ動きで平和島静雄が頷いた。
そして全く同じ絶望を鳩尾に感じながら僕は目を瞑る。
絶望に追い込まれたからといって毎日この行為を享受するわけにはいかない。
たとえ何度繰り返されようが一日の中で最も嫌悪すべき行為なのだから。
部屋の中で異様な存在感を放つベッドから何度か四つん這いで這いおりる。
もちろん鎖の可動範囲でしか動くことはできないがそれでも、少しでもあの行為から逃げ出したい。
腰が引けて立てなくなってしまった両足を叱咤して何とか壁際まで這いずり逃げる。
「あはは、帝人君。鬼ごっこ?でもそんなんじゃすぐ捕まっちゃうよ。」
「ほら、帝。遊んでねーでこっち来い。」
静雄さんの長い手がのばされる。
ダメだ、駄目だ駄目だ。
あの手に捕まったらまたあの恥辱を味合わなければいけないのだ。
無意識だった。何とかして昨日までとは違う方法で抗ってやろうと無意識に思ったのかもしれない。だがそれが大きな仇となった。
「ひっ…」
掴まれた手を振りほどこうと四肢をばたつかせる。鎖の繋がれていない足を大きく震えば踵に何か固いものがぶつかる感触がした。ああ、しまった。
そう思えどもう遅い。
静雄さんが常に、それは常時かけているサングラスが床板に転がっていた。
余程強くぶつかってしまったのだろう。細身の銀のフレームは薄く曲がっていた。
「って…帝人。ちょっと今のは酷ぇんじゃね?」
怒らせた、いやサングラスを取った顔はひどく笑っているがその空気からは怒気しか感じとれない。
つかまれていた腕をそのまま上へ上へと引き上げられ足のつま先が地面から離れる。
体重を一本の腕で支えるなんてこの人にとっては簡単なことなのだろう。
「よっ…と。」
軽い掛け声とは正反対の衝撃が自分の身に降りかかる。どうやら臨也さんのいるベッドまで強制的に降り投げられたらしい。
鎖がぶつかり合う金属音が耳に響いた。
「お帰り帝人君。すぐ捕まっちゃったね!」
叩きつけられた振動が少ない所をみるとどうやら臨也さんに抱きとめられたらしい。
黒いコートの毛が首を擽った。
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