頂き物と捧げ物

□フリリク企画
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四→真←ヒナ前提



「ヒナノちゃん」
「…!四ッ谷、先輩。珍しいですね、こんな所で」

朝、まだ生徒も登校前の、静かな校内。
外から熱心に朝練中の運動部の掛け声だけが遠く響く中、凛とした声が私を呼んだ。
ただ名前を呼ばれただけなのに、呑まれそうになる不思議な声が。
思わずこくりと息を飲んで、なんとか笑顔を浮かべてみせる。

「おはよう、ございます」
「お早う」

そのまま何も四ッ谷先輩は言わない。私は―――立ち去って良いものかどうか悩む。
ちら、と盗み見た顔は、無表情。
それに僅かに心臓が跳ねる。意外とこの人は表情が豊かだから。大抵は愉快そうに笑っていて、たまに不機嫌そうに口を尖らせていて、稀に驚いて瞳を丸くさせて。努めて無表情であるとそう思うのは怪談を語る時の方が圧倒的に多い。
薄く、表情の無い唇が開いてヒナノちゃん、と掠れがちな声が再度私を呼んだ。

「何故唆された?」

ああ、きっと彼は全て察している。

何の事ですか、と惚けようかとも思ったけれど、意味が無いことを知った。必要もない。でも、認める訳には――いかない。あの子の、なにより私の為に。

「…なんの話でしょう」
「そうか」

真横の開け放たれた窓から風が入って髪をさらう。
―――ヒナノ、髪きれいだから伸ばしたらきっと似合うよ!
今より少しだけ幼い声が今と同じ無邪気さをもって頭に再生される。私の、大切な、

風に遊ばれた髪が踊る。
真、真―――

じゃあ、と低い声。その無表情がゆるゆると変わる。男の人相手に表現としてはおかしいかも知れないけど、妖艶というに相応しい、笑顔。

「狐と何を、約束した?」

約束。

「…四ッ谷先輩」

私は深く息を吸い込む。そう、分かってはいたの。もう後戻りなど出来ない事。本当は、少し悩んでいた。けれど舞台は整ってしまったから。役者も、揃ってしまったから。

主役は―――貴方ですよ、四ッ谷先輩。

きっと成功してしまえば彼の、"四ッ谷先輩"の存在は意味の無いものになって消える。きっと成功してしまえば彼女の、"十増間さん"の存在も、消える。ただそれだけ。でもそれで十分なのだ、真が元通りになるには。また以前の様に私を一番に思ってくれるようになるにはきっと。そう暗い笑顔を浮かべた"あの人"が言ったのだから。

…ほら、躊躇いなんて、迷いなんて捨てて、弥生ヒナノ。
…さあ、始めましょう、終わりの舞台の開演だ。

失敗したら、私がもう真の側には居られなくなるかも知れないけれど。
それでも始めずにはいられないから。

「宣戦布告、です」

貴方に、真はあげない。



幕開けを告げる


必死さと、決意。そんなものがこもった視線を向けてくる少女。

中島の、親友の少女。
何が彼女をここまで必死にさせたのだろうか。質の悪いヤツに捕まったな、ヒナノちゃん。

だがここは譲る訳にはいかない。俺はまだ最恐の怪談に辿り着けていないから。
やっと手に入れた、中々に気に入りの助手を誰が簡単に手放すものか。
でもきっと、中島はどんな結果になっても泣くだろう。それは避けてやりたい。だから、


その用意された舞台とやら、敢えて乗ってやろうじゃないか。そして以前のように粉々にしてやろう。

だから、ヒナノちゃんは何事もないように笑ってやっていてくれ。あの馬鹿が何も気付かぬように。


 
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