シチュエーション
――【やってきた事が間違っているかもしれないと悩む】――
「だれだよ、ったく………なっ!!?」
オレは突然かかってきた電話主の、アイツの名前にガラにもなく驚いて、吸った息を止めたまま携帯ディスプレイを穴が開きそうな程見つめた後で電話に出てみれば、律儀[りちぎ]にも間違えてしまったと謝られて笑おうとした…。
笑えなかったのはその真面目さにじゃなく震えている声にで、電話を今にも切ろうとするのを阻止して会話を続けさせていると、とうとうガマン出来なくなったのか嗚咽[おえつ]混じりに泣き出されて、泣かせた罪悪感より早く泣きやませねえとっつー焦燥感[あせり]の方が強く ――すぐ行くから今いる場所言え―― 携帯から居場所が聞こえてくる前に家を飛び出た。
「元希サン…」
「なっ、んだよ…!?」
「…呼び出してごめんなさい」
「いや、…オレが会って話せっつったんだし。いいっつってんだろ」
「それだって俺が間違って電話かけたから…」
走ってる間、きっと本来電話をしようとした相手はオレじゃなく高瀬だったんだろうとか考えてたら着いた頃にはすげぇイライラして、図太い祐輔と違って(しぶといけど)打たれ弱いアイツに会うなり息切れしながら怒鳴って…。
しまったと内心悔んでも遅く、謝るのもなんかシャクで話を進めようとしたが、また見当違いな事を気に病んでるのか、うつむいている表情はオレがここに着いた時より更に暗くなってて…、これじゃなんの為に必死んなってここまで来たんだと乱暴に頭をかいた。
「だーかーらー、いいっつってんだろ!」
不器用で素直になれないオレとノーコン熱血系な(まぁ、いつだって一生懸命なのに方向性がいつも違う…けど、そんなトコでさえ可愛いと思っちまうオレは末期なんだろうな)コイツとじゃいつまでたっても話が始まる気配はなく…。
場をなごまそうと目の前に立つとかがんで、うつむけられたほっぺたをつまんで引っ張る。
「ひぁっ!? ぃひぁ…いひゃぃ、れふ…」
「と、当然だ、痛くしてんだからな。ったく、オレがいいったらいいんだっ。――で、何だよ?」
予想外の柔らかさや温もりや気持ちいいさわり心地につまんでる指の温度が急上昇した気がした…気の迷いを慌てて遠くにぶん投げて、むにむに横に伸ばしながら結構伸びんなーと笑えば、何がおかしかったのかコイツまでへにゃりと笑ってオレを見上げてくる。
一瞬ここに来た目的とか全部忘れて胸の辺りがふぉわん…としかけたが、ゆるみそうになった表情筋を総動員して本題に入る事にした。
「元希サン、俺…は、間違ってるのかな…」
「は…?」
笑っていたのに話をするとなると突然無表情になって、またうつむいて数秒固まって…。
うつむいたままぼそりと呟くので聞き逃しかけた言葉は意味がよくわからなかったけど、確か再会した頃におどして追っかけ回して吐かせた、オレのライバルでもある兄・祐輔のふりをしてる事についてだと直感した。
「俺いつだって祐輔の事を…お母さんと、お父さんの事を考えてる。…やり遂げられなかったら余計迷惑だって、わかってる。けど、…でも、っ俺もう…」
「頑張れ」
「ん。ありが…」
やはり祐輔や両親についてで、その不安な心をこぼすその様を見れば無理してるってのはすぐ分かる。
コイツは言葉を遮[さえぎ]ってまでオレが伝えた“頑張れ”の、その言葉に込められた気持ちをちっとも分かってないみてえだったから、何か表現しにくいくらいの複雑な笑顔で泣きそうになってる頭を小突いて付け足した。
「で、頑張って頑張って頑張ったら…、もう頑張んな」
「…ぇ?」
「頑張ったけどもう頑張れなくなったそん時は…オレのとこ来いよ? あ、別に今みたいにオレが暇な時なら呼んでもいいけどな。また今日みたいにすぐ駆け付けてやるから!」
「ぅ、…ん?」
「そん時は黙って抱き締めてやるっ!」
「元希サン、が…?」
「……イヤだったか!?」
「ぅ、ん。うんッん。…うんん」
小突いた頭をすぐぐしゃぐしゃにまぜくって笑ってやったら目を見開いて見上げた格好で固まってたくせに、不意に顔をくしゃくしゃにしてまたうつむいた。
それからも声を押し殺して顔を隠すから、泣き顔が見たかったのに泣いてるのにも気付かないフリで普通に話しかける。
「ふー、あのなぁ。…で、今は?」
「ぃ、…今、って?」
「もうけっこー、限界なんじゃねえ?」
「…ん、ぅ」
「なら」
コンコンとうつむけられた頭のてっぺんをノックして顔をオレに向けさせたら、思いきり引き寄せた。
「ぅぇぁぁぁ!? は、榛名様!?」
「名前!」
「ももも、もも元希サン!!?」
「もが多い! ――な、言ったろ? …だ、抱き締めてやるって」
「ッ―――じゃ、じゃ、あ…今、俺も、ッぅ限界。ッだ、から…」
「おう」
ドラマみてえにふわって包み込んでやれりゃカッコよかったのにガッて抱き締めちまって…、けど、わたわたとしてるちっちぇコイツは驚いたからか涙が止まってた。
腕の力をゆるめると息つぎをしに顔を上げて、しかも驚き過ぎて名前の呼び方が出逢った頃のに戻ってて、イタズラが成功したガキみてぇにニッと笑いかけて気付いたら、こぼれそうなくらい大きく開かれてた瞳からほろほろっと涙がこぼれ落ちて、体重をちょっとずつあずけてくる。
「………今だけ、今だけだから。だから…お願い。ぎゅってして…元希サン」
「(ぎゅってしてって…)りょーかいっ。…よく、頑張ったな!」
「ぅ゙、ッん…!」
「おいー、鼻水も涙も出てんぞー。…って! 体痛くなかったか!? お前ちまいのにオレ結構力入れて…」
「へーき。ありがと元希サン。…でも、俺はちまくないっ。けど、その、あと、もちょっと、だけ、このまま…」
「へっ…そっか。おー」
弱気になったり押しが強かったり泣いたり笑ったり、どんな事でも一生懸命で忙しいコイツ。
この一時だけはオレとコイツの2人だけだって、やっぱ可愛かった泣き顔を堪能[たんのう]しながら、泣き笑いのコイツを満面の笑顔で腕の中にぎゅうっと閉じ込めた。
次に困った時も また まっさきにオレんとこに来いよ!
頑張りすぎで お前がもうどうしようもなくなった その時は
何度だってオレが 黙ってぎゅって抱き締めてやる
〜おお振り;榛名元希〜