みじかい

□食べちゃいたい
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白い指だ。

「綺麗な手してんなー咲耶」
「そうかな?…ありがとう」

咲耶は白く細く綺麗な手指をしている。
見た目の通りにと言ったら語弊があるかも知れないが、触るとひんやりと冷たい。
その体温の低さと肌理の細かい皮膚の滑らかさは、色の白さと相俟って、咲耶らしさを表しているような気がした。
手を掴みしげしげとそれを眺める俺の一言に、咲耶はふにゃりと笑みを零す。

「腕もやーらかいのな。餅肌だ餅肌」
「あは、二の腕を摘まないで」

華奢な二の腕をふにふにと触ると咲耶が困ったような顔で笑った。
太いからやめてと咲耶が言う。そんなこと、全然ないのに。
柔らかく笑う口元から覗く犬歯が可愛らしい。

「あれだなぁ、あれ」
「あれって?」
「アスパラ。白いアスパラに似てらぁ」

思いがけず俺が発した野菜の名前に、咲耶はきょとんと目を丸くした。
それから、アスパラ?と反芻し、笑った。

「なんでそこでアスパラって言うかなぁ」
「マジで似てるんだから仕方ねえよ」
「えー、野菜に似てるとか言われても嬉しくないよ」

言葉と裏腹に咲耶の唇は弧を描き、楽しそうに笑い声を立てている。
俺には本当に白く細長い野菜に見えた指先。
桜貝みたいな可愛らしい爪。
それをひとまとめに手で包んで、俺も笑った。

「いいじゃねえか。俺アスパラ好きだぜ?」

無邪気に言ったふりをして可憐な指先に口づけた。
まるで捕食者の仕種だ。
捕われ、食べられる筈の咲耶はくすぐったそうにまたも笑った。

「ああ、食いてえなぁ」

ほんの少し声が震えたかも知れない。
食べたい、食べたい、…なにを?
その疑問は咲耶も同様に浮かべたらしく、また幼い表情で俺に問う。

「アスパラ、そんなに好きなの?」
「……そうだな、好きだぜ」
「そっかぁ、じゃあ、今度お弁当に入れてくるね」

ふわふわした笑顔でそう言う咲耶の目には、疑いの色は見えない。
こういう天然なところも俺は好きだ。
俺の真意に気付かない、哀れな小動物。
おいしそうな小動物。

「おう、楽しみにしてるぜ」

俺も咲耶みたいに全くの無邪気に笑えればいいのにな。
それが偽りだとしても、咲耶にとっても俺にとっても、微かな救いになるだろうに。
いくら思っても俺の願いは叶わない、だから仕方ないんだ。


「早く食いてえなぁ」


その、白い指を。









(いつになったらさ、食べさせてくれるかな?)






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