みじかい

□はろーはろー私の創造者、
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なにもなかった。

私には、なにもなかった。


優しい家族、とか。
(きっと初めて聞いた声は、罵り合う両親の声に違いない)

素晴らしい友とか。
(上辺だけ、なんてのも近付かないのはある意味才能だろうか)

愛する恋人だとか。
(近付く人間がいないんだからいる訳がない)


本当に、完璧なくらい私は一人だった。
いじめてくる人もいない。誰も近付かない。
私はいない事にされた。

将来の為に、とごまかして学校に行った。
将来の為、自分の為に行く学校はつまらないし、私に対してひどく排他的な教室は息苦しかった。
でもそうしてなんとなく日々学校へ行って、誰も出迎えてくれないマンションへ帰って、ご飯を作って食べて、お風呂に入って、宿題をして、それから寝た。
朝が来たら起きて、着替えて、お弁当を持って学校へ行った。
そうして家と学校を行き来して、私は毎日何も思わずただ呼吸を繰り返していた。
私を包む世界はまるで、狭くて酸素のない水槽みたいだった。
私はそこでたゆたう金魚。無力で小さくて可愛い金魚。


しかし、灰色の生活はある日一転する。
なんとなく近いから、と決めた高校で、たまたま隣の席になった男子。
中学と変わらずいるのかいないのか分からないような薄い私の存在に気づいて、目を向けてくれたその人。

「お前、いつも一人なんだな」

柔らかい声音だった。
見上げると、とても綺麗な瞳をした男子が椅子に座る私を見下ろしていた。

「まだ友達できねーの?」

俺もなんだ、そう言って恥ずかしそうに笑う。
俺ってヒトミシリなのかなー、なかなか声かけたり出来ねえんだ。
にこにこしたまま、私に話しかけ続ける。
ぼんやりして、早くも薄らいでいく記憶の中懸命に彼を捜せば、確かいつもみんなの輪の中で笑っていたように思うのだけれど。
黙りこくったままの私をよそに、彼は勝手に話し続けている。
ああ、俺藤崎佑助ってんだ。
勝手に自己紹介まで始めた。そんなの、初日に覚えたのに。
そして、だからよ、と一端止まった。
またぼんやり見上げる私の手を取って、そう、彼は言ったのだ。


「だから俺達、友達になろうぜ!友達第一号だ!」



子供のような笑顔、私がいつも外から眺めて羨ましがっていた、笑顔。
いつの間にか忘れていたその表情が、気づけば私の顔にも浮かんでいた。
同時に頬に熱い雫が流れるのも感知しながら、私は一生懸命頷いた。うん。友達に、なろう。
いきなり泣きだした私に驚いたような声を上げ、彼は慌てていたけれど。
私が泣き止むまでずっと手を握ってくれていた。
帰り支度をしたクラスメイトが教室を出ながら彼を茶化す。彼も笑って言葉を返す。
なんだ、友達たくさんいるじゃん。
いいなあ、でも嬉しいなあ、幸せだなあ。
ここ数年感じ得なかった感情が次から次へと胸に溢れ、また涙となって頬を伝った。
しゃくり上げる私がなんとか発した、彼への最初の言葉。



「ぁ…ありが、と……っ!!」







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ありがとう、私をニンゲンにしてくれて。
あなたが私を、新しい私を創ってくれたんだ。

ああ、こんにちは、こんにちは、私の創造者よ。

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