みじかい

□アイアン・メイデン
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冷たい子だね、と。
昔からよく言われていたらしい。



「咲耶っ!帰ろーぜ!」
「…うん」

今日も今日とて、安形は忙しい。ただしそれは生徒会長の業務や勉強といったものに対してではない。
安形の愛する交際相手――咲耶。
その咲耶の気を引こうと、まるで尻尾を振る犬のように纏わり付くのに忙しいのだ。

「なあ、今日俺の家来ねえ?」
「………」
「ああ、親は居ねえよ。二人とも出張でさ…サーヤも今日は藤崎んとこ行くから遅くなるって言ってたし。だから遠慮なんかする必要ねーよ」
「…ほんと?」
「ほんとほんとー」
「じゃあ、行く」

そんな会話を交わしながら、二人はいつも通る道を歩く。しかし会話といっても、咲耶はあまり喋らない。
相槌もあまり打たないが、安形はいつも咲耶の言いたい事や、考えている事を理解する。端から見れば超能力みたいだ、と言われる事があるが、安形はその度こう答える。「ばーか、愛の為せる技だよ、愛の」。

「なあ、咲耶」
「なに」
「手ぇ、繋いでいい?」
「…いいんじゃない」

はい、と無造作に手を出す咲耶の顔をちらりと見ても、別段いつもと変わらない無表情だ。しかし安形はやった、と嬉しそうに笑い、咲耶の手を握る。
咲耶の手は、いつも冷たい。咲耶曰く冷え症らしい。ひんやりとした手は同時にとても柔らかで小さい。
冬の近い路地、吹く風が冷たく咲耶の髪を遊ぶ。

「…寒いね」
「ああ、もうすぐ冬だもんな」

冬、と聞いた瞬間に咲耶の手に僅かに力が入ったのを感じて、安形はそれが酷く愛しく思えた。咲耶のそれよりずっと大きい自分の手で覆ってしまえば、見た目も温度も雪のような咲耶の肌はじわりと暖まる。
カイロ持ってくりゃよかった、安形は一人心で後悔した。
さっきから強くなっている風がまた咲耶の髪を乱す。ぐしゃぐしゃだ、安形はそう笑って直してやる。咲耶は何も言わない。

「…そのマフラー」
「うん?」
「可愛いな」
「ありがとう。手編みだけどね。今度つくってあげる」
「さんきゅ」

ほら、相手の気持ちを読み取れるのは俺だけじゃない。咲耶だって俺の言いたい事、分かってくれるんだ。
これこそ愛の為せる技だ、安形はそう思い悦に浸った。

「家、ここなんだ」
「うん。咲耶初めてだもんな、来るの」

咲耶は初めて見た安形の家を、物珍しそうに見上げている。安形が鍵を開け、中に入るよう促すが、咲耶は中々入ろうとしない。
変なとこで遠慮すんだよな、と安形が咲耶の頭を軽く掴むようにして半ば強引に中に引き入れる。

「俺の部屋行く?」
「暖房」
「一応付いてるけど」
「うん」

意外に現金な咲耶の一面を垣間見、安形は少し嬉しい。こっち、と自室へ案内すると咲耶はてとてとと後ろをついて来る。
可愛らしいその様に顔がにやけそうで、慌てて自制した。

「ここが俺の部屋」
「意外に片付いてた」
「ま…まあな。普段から綺麗好きだから、俺」

まさか咲耶を呼ぶ為に昨日徹夜で片付けたのだ、などとは言えず、ベッドの下のエロ本が見付からない事だけをただ祈る。
鞄を適当に放り、ベッドに勢いよく座り込むと安形は自分の隣をぽんぽんと叩く。

「咲耶、座れよ」
「うん」

咲耶は素直にベッドに腰掛ける。
が、何となく微妙な距離感がある。咲耶も黙って座っているだけだ。

「…咲耶ー…」
「なに?」
「あの…俺、もうちょっとこう……イチャつきたいんですが」
「…くっつけばいいの?」

そう言うやいなや、咲耶は胡座をかいた安形の膝に倒れ、頭を乗せる。そして、何も言わない。
安形は何を言っていいのやら分からず、取り敢えず頭を撫でてみる。小さい。

「………」
「…ねえ、」
「ん?」
「惣司郎って呼んだ方が嬉しい?」
「…ま、まあ、そりゃあ…」
「じゃあそう呼ぶね、惣司郎」
「……」

咲耶は時々、今のように『何々したら嬉しいか』という質問をしてくる。その質問にはいと答えればそれを忠実に実行し、いいえと答えれば全くしない。話題にもしない。
人を喜ばせたい?うん、多分そうだろう。そうなんだろうけど。
なんか全然、心こもってない。

「なあ、咲耶」
「なに?惣司郎」
「起きて」
「……?うん」

言われた通りに上半身を起こす咲耶。さっきと同じ体勢。
さっきと同じに、やっぱりぼんやりと空を眺めている。

「咲耶」
「…?」
「おいで」

安形はそう言って腕を広げる。咲耶は珍しくきょとんと安形を見るが、やがて意味を理解したのかいつもの無表情に戻った。

「そうしたら嬉しい?」
「嬉しいよ」
「じゃあ」
「きっとお前が、嬉しいよ」

安形に抱き着こうとした中途半端な体勢のまま咲耶は動きを止めた。呆気に取られたような顔で安形を見上げる。
しかし安形はいつも咲耶に見せるような表情ではなく――悲しそうでもあり、真面目なようにも見え、そして静かな水面のように揺らがない表情を、その端正な顔に湛えている。

「わ…私が嬉しい…?」
「うん」
「………」

咲耶は段々と困ったような顔になり、泣き出しそうにも見えた。
終いには俯き、絞り出したような声で安形に尋ねる。

「…でも、でも、惣司郎は…?惣司郎が嬉しくないなら、わたし、」
「あのな、咲耶」

言い終わらない内に、安形は咲耶を抱き締めた。強く、咲耶が驚く程に。
しかし咲耶は、腕を突っ張り逃れようとする。

「惣司郎…離して」
「咲耶、いいんだよ、人の為にそこまでしなくて」
「いや、いやだ、離して…」
「人の為に自分が潰れてどうすんだよ」

恐らく、安形の声は咲耶にきちんと伝わっていないだろう。それは安形も理解している。だが、ゆっくり諭すように、安形は言葉を切らなかった。
咲耶の嫌がる声は次第に小さくなり、やがて啜り泣く声に変わった。咲耶がこんなに感情を表に出しているのを初めて見る安形は、内心戸惑っていた。

「…お前、そこまで器用じゃないだろ。そんなに無理できる程、強くないだろ」
「……だ、って…わた、私、冷たいって…冬みたいだって…」
「誰が?」
「…おかあさん…」

だからあんなに人の喜ぶ事をしたがったのか、とか。だから冬って言った時反応したのか、とか。
しゃくり上げる咲耶の体を覆いながら安形が頭に浮かべたのはそんな事じゃなくて。

『アイアンメイデン』――

儚い容姿に惹かれて咲耶の事を聞いて回っていた頃に伝え聞いた、陰での咲耶の渾名。
どこと無く、人を寄せつけないから。冷たいから、アイアンメイデン。鉄の処女。

「…っあんたなんか誰も好きになってくれないって、お母さん言ったから…だから頑張ったのに…」
「惣司郎が私の事好きになってくれて、ほんとに嬉しかったのに…」
「私、わたし、どうしたらいいのか分かんないよ…!」

涙と一緒に感情を吐き出す咲耶は、ちゃんと人間だった。安形にはそう思えた。
ただ、咲耶があのまま…冷たい鉄の人形のままでも、よかった、と。そう思ってしまった。


(鉄の処女、って、観音開きに造られた拷問道具だよな、確か)
(…それが咲耶の渾名、か)


「…っひ、ぅ…く、」
「大丈夫、咲耶。少なくとも俺は、お前が好きだから――」





アイアン・メイデン


(お前になら、殺されてもいいよ)











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鉄の処女、分かんない人はググってみよう。
中々怖いよ。

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