みじかい

□愚者と少女
1ページ/1ページ





ボクの言う"愚か者"の定義に基づけば、ボクは愚かなのだろうか。
漠然とそんな事を考えさせられる程に、咲耶は綺麗だった。ボクに張られて赤くなった頬ですら、思わず欲情してしまう程に。ボクを見上げる定まらない視線も、大きな瞳など尚更。
きれいだ、と小さく呟けばその目は静かに逸らされて。

「…さ、すけ」

震える薄紅い唇が紡ぐボクの名前。それは今の行為に対する答えを求めて発せられた音でしかない。佐介、の後に続くのはなぜ、どうしてといった疑問でしかない。つまり咲耶がボクに問う為の音なのだ。
そう思うと無性に腹立たしい、ボクは咲耶にとって恐怖の対象でしかないのかと痛感させられるからだ。ああ、ボクの為だけに名前を呼んで欲しい。

「咲耶、」

仕方がないから名前を呼んだ。冷たい地面にへたり込む咲耶に手を伸ばしたが、びくりと竦んだのを見てやめた。咲耶は左の頬に手を当てて泣きじゃくっている。

「…貴様は何をした」

丁度不良に対する口調と同じ声音で先程の問いをもう一度投げ掛けた。今度は答えが返ってくるだろうか。
一度逸らされた視線が再びボクに向けられた。それだけで心臓が跳ねるボクは情けないのだろうか。無意味な自問に返答はない。

「佐介、ごめんなさい、ごめんなさい…」
「謝れと言っているのではない。何をしたかと聞いているんだ」
「あの、あれは、違うちがうの佐介、違うんだよ…っ」

ふるふると頭を振って必死にあれとやらを否定する咲耶。振る度に涙が散って煌めいた。なんてこの場に不釣り合いな輝き。
ボクが静かに見下すと、更に一生懸命弁解を続けた。そんなのは全くの無意味であるのに、咲耶は気付けないのか。

「あれ、とは?」
「ぁ、ああ、佐介、ごめんなさい、ごめんなさい…!」
「咲耶、あれとは、会長とキスしていた事実であるととっていいんだな?」
「…っごめんなさい、佐介、ごめんなさい、ごめんなさい、」

無機的な壁に勢いよく手をつくと、思った通り冷えていた。灰色のコンクリートは、きっと血液が映える事だろう。ボクの腕に閉じ込められた咲耶の怯えた目を見てそう思った。
ひたすらに謝り続ける咲耶の声は耳障りだ。ボクはそんなもの、望んでいないのだから。
膝をつき目線を近付ける、それだけで咲耶の体は震えた。少し笑える。その姿を見て苛めたい嬲りたい無慈悲にいたぶりたい、そんな低俗な感情に支配される自分も、笑える。
また咲耶に問う。自分でも驚く程低い声が出た。

「咲耶、貴様はなぜ、こんなところで会長とキスをしていた?場合によってはただでは済まさないが」
「、ひ…っ」
「言え」
「あ、…安形先輩、に、呼び出されて…それで、」
「それで?」
「………っ、」

急に口を噤んだ咲耶に先を言うよう促すと、まるで言いたくない、と言わんばかりに目を瞑った。
しかし滂沱と流れる涙の伝う頬に指を這わせると、随分簡単に口が開いた。そんな易々と殴ったりしないのに。

「つ、…付き合えよ、って…言われ、た…」
「…何と返した」
「私は佐介と付き合ってるから、だめですって言った、ら…っ」

く、と咲耶が下唇を噛んだ。何かを堪えるように。その唇が、あの人と重なっていた。
そう考えた瞬間、ボクは唐突に咲耶に口付けていた。咲耶の目が見開かれる。咲耶の唇を割ったボクの舌に、微かに鉄の味が感じられた。さっき、口の端でも切ったのだろうか。
奥に引っ込む小さな舌と絡め、歯列をなぞった。稚拙だが、咲耶も怖ず怖ずボクに応えてくれる。溢れた唾液が、涙と混ざって咲耶の顎に垂れた。
ふ、と解放してやると涙に濡れた瞳がボクを見上げていた。

「…こんな風に、会長ともしたのか?」
「!、っしてない、してないよ!」
「どうだかな。貴様の事だ、考えられない事ではない」

ボクの言葉は、咲耶に絶望を与えた筈だ。全ては計算通り。
勿論、こうやって咲耶が会長に応えていなかった事など分かっている。ボクはそれを見ていたのだから。
最近よく不良がたむろしていると報告のあった、学園の近くの古びた倉庫。人の気配を感じ、静かに裏手を覗いた時、会長にキスされている咲耶を見た。
会長はすぐに咲耶を解放し、何か耳元で囁いた後夕方の闇に消えた。咲耶はその後ろ姿を呆然と眺めていた。泣いてはいなかった、泣いたのは口の前に手を振り上げたボクに殴られてからだ。

「佐介、ほんとに違うの、お願い信じて…」

咲耶はそう言ってボクに縋った。ボクは無言でまた口付けて、制服の胸元に手を入れた。
びくりと肩が跳ねたのを視界の隅に捉えて、柔らかい肌に爪を立てた。口を離せば、縋り付くような声が上がる。

「佐介、お願い嫌わないで、佐介ぇ…っ」

待ち望んだ言葉を聞いたボクは、躊躇いなく咲耶の制服を破るのと同時に、嗤った。





愚者少女


(余裕そうに振る舞ったけど、本当は怖かった)
(離れていって欲しくなくて、咲耶を独占したくて)
(鎖骨、首筋、胸元、首輪代わりに幾つもの鬱血痕を遺した)

(そうしたら、閉じ込めておける気がした)







******


薄々感じてはいる、嗚呼なんて愚かな自分。傷付いた彼女に謝る事も慰める事もついに出来ずに。




続くかも。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ