みじかい

□腐爛の心
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分かってる。お前はそれすらも、否定するだろうか。
こうして我が儘言って困らせたり、身勝手な行動で怖がらせても、お前は振り向かないって事。
かと言って優しく接しても、決してお前が俺を好きになりはしない事。
ちゃんと分かってるんだぜ。本当に、痛いくらいに。


「ボッスン…離して」
「やだ、って言ったら?」
「…離してよ」

咲耶の手首は思ったよりずっと細かった。巻き付けた指に脈打つ振動が伝わる。今俺が渾身の力を込めれば、きっと呆気なく砕けるんだろう華奢な骨。
真っ直ぐに俺を射抜く目は、いつもは猫のように気高く凛と輝いているのに。今はゆらゆらと揺らいで、漣のように。俺がそうさせているんだと思うとぞくぞくする。

「私、行かなきゃいけないところがあるから」
「どこ行くんだよ」
「…ボッスンには、関係ないよ」
「………」

咲耶の目は俺に向いているけど、足の先は向こうを指している。咲耶は、俺から離れたいんだ。
白い頬に手を伸ばしたい衝動に駆られるが拒絶を恐れてそっと自粛した。

「なあ、ちょっとだけ、いいだろ?」
「だ…め、」

ふるふると頭を振って拒絶を表した咲耶を思い切り壁に押し付けると、後に続く言葉は喉の奥で引き攣りに変わった。瞳は俺を睨みつける。心の奥で、苦い燻り。

「咲耶、なあ、好きなんだよ…」

掴んだ肩に顔を埋めるようにして言った。しっかり声に出したつもりだったのに、それは弱々しく空気を震わせただけだった。咲耶は酷く悲しそうな顔で俺を見ている。
好き好き好き、大好きなんだ。
こんなに好きでも、報われない俺、叶わない想い。
女々しい自分に吐き気がする、俺は自分自身を嘲った。それでも咲耶が、好きだ。

「…ボッスン、ごめん、私」
「分かってるよ!!」
「………っ」
「…分かってるよ…」

俺とは付き合えないんだろ。俺を好きになれないんだろ。分かってるよ。
思わず叫んでしまって、後悔と罪悪感からそっと咲耶を見上げると、大きな目からぽたぽたと涙を零していた。

「…っ、ボッスン、ごめん、ごめんね、」
「…咲耶」
「……だけど、私は、」

その続きは、言わないで欲しかった。
突き放される、見限られる、離れてしまう、咲耶が、
あいつのところに行ってしまう。



「椿が好きだから……」





腐爛の


(畜生、何でよりにもよって)
(お前は双子の弟の彼女なんだよ)






******


俺がこの手を離したら、きっとすぐにあいつのところへ行って泣くんだろう。
そっと慰めるあいつが目に浮かぶ。

そう思うと、どうしても手を離せなかった、少しずつ心が腐爛していく事にも気付かない馬鹿な俺。

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