みじかい

□とらわれた
1ページ/1ページ





咲耶は綺麗な目をしているな。
これはもう彼の口癖なのだろうか。スイッチがふと黙り込んで、どうしたのと覗き込むとガラス越しに目が合って。
そうしてスイッチは、目元だけで笑って私にそう言う。
綺麗?どこが?
そう聞き返してもスイッチはちゃんとした答えを返してくれない。


「『綺麗だ。澄んだ水のように、晴れた青空のように透き通って』」
「…キザだね、スイッチ」
「『ありがとう』」
「褒めてないけど」

私は私の目が嫌い。
少し蒼が掛かった目。本当はスイッチみたいに真っ黒なのがいいのに。
それでも綺麗だと言われたのは初めてだったから、素直に嬉しいと思った。

「…スイッチの方が、綺麗だよ」
「『そんな事はない』」
「ううん、黒曜石みたいに真っ黒で、凄く綺麗」
「『…ありがとう』」

無機質な合成された声は表情がなくて、いつも通りの横顔からは何も読み取れなかった。どう思ったかな。私みたいに、嬉しいって思ってくれたかな。
スイッチはまた押し黙って、私とスイッチの間に静寂が流れた。静かなのは、嫌い。

「…ボッスンとヒメコ、まだかな?」
「『今日こそは購買の人気No.1商品を買うと勇んで出て行ったのだがな』」
「スペシャルクリームプリンデラックス、だっけ?おいしいのかな、それ」
「『食べた事はないので味の保証はできない。だが、相当の人気があるようだ』」
「ふうん。買えたかな?」
「『なかなか戻ってこないところを見ると、買えなくてどこかで凹んでるんじゃないのかww』」

確かに、ボッスンは凄く凹んでそうだ。それできっとヒメコがそれを慰めるんだろう。二人は本当に仲が良い。
容易に想像できる二人の姿に私がふっと笑みを零すと、それを見たスイッチが何を思ったかタイピングを始める。

「『食べてみたいのか?』」
「え?…あ、いや、別に…っ」

スイッチの質問に、少し恥ずかしく思いながら慌てて否定する。どうしよう、卑しかったかな。欲望が漏れ出ていたのだろうか。
スイッチは面白そうにタイピングを続ける。

「『隠さなくてもいい、食べたいんだろう?見掛けによらず食い意地が張っているな、咲耶も』」
「ち…違うってば!そんな食いしん坊みたいに言わないで!」
「『違うのかww』」
「違うよ!」

スイッチは笑っていない。でも凄く楽しそうだ。こうなったスイッチは、少し厄介。
何を言っても敵いそうにないので黙ると、スイッチはいきなり真面目な目をして言った。

「『食べたいなら、食べさせてやってもいい』」
「だ、だから違うって…」
「『…咲耶が望むのなら、俺が叶えてやる。出来る範囲で、だが。何にせよプリンの一つや二つ、造作ない事だ』」
「…どういう意味?」
「『好きなように解釈しろ』」

独り言めいてスイッチが喋った。その目は私を見てはいない。
そっと目を覗いても、ガラスを隔てた黒は私に何の情報も与えてくれなかった。
好きなように、解釈しろ?
分からない。スイッチの真意も言葉の意味も、何でそう言われた時心臓が跳ねたのかも。
鈍く動く頭より、口の方が先に動いた。

「…ねえ、スイッチ?」
「『何だ』」
「あのさ、私さ、…スイッチが好きかも知れない」
「『そうか』」

意外とすらすら言えた気がする。恥ずかしくもない。ほ、と息が洩れた。スイッチも相変わらず無表情。
と、唐突に手を掴まれた。

「『咲耶』」
「…な、に」
「『お前はどんな返答を望む?』」
「………」
「『俺も好きだ、と。…言って欲しいか?』」

スイッチの目に映る私は、なんとも複雑な表情をしていた。事実心はぐちゃぐちゃに乱れて、そのくせ頭は妙に冴えているという状態。
私は、何て言えばいいんだろう。スイッチの私の手を握る右手に僅か、力が篭る。

「『言って欲しいなら、望めばいい』」
「…スイッチ、」
「『咲耶。…俺が欲しいか?』」

透明な眼鏡のレンズの向こう、黒々とした瞳が静かに揺れるのを私は見た気がする。ああ、この人も、私を欲してくれるのか。
握り返す形で私もスイッチの手に指を重ねた。ピクリと指が動く。
スイッチが器用に左手でキーボードを叩く。

「『咲耶、言ってくれ。俺が欲しいと』」
「………スイッチ、が、」
「『…欲しい?』」

急くようにスイッチが続きを紡ぐ。私は一つ、頷いた。スイッチの口元が僅かに上がる。途端に頬が、熱くなる。
握られていた左手が解放され、スイッチの右手が恐らく真っ赤になっているだろう私の頬を緩く撫でる。ひんやりした体温が気持ち良い。

「『咲耶、咲耶、…好きだ』」

スイッチは本当に私の望みを叶えてくれた。噛み締めるように刻み込まれるように、耳元で囁かれる。そして私は、静かに唇に降りた熱にゆっくり目を閉じた。
閉じる瞬間見えたのは、私の大好きな黒い瞳の色だった――




その瞳に囚われた、


(…なあ、もう入ってええやろか)
(や、今入ってったら色々面倒な気がする、だってスイッチこっち超睨んでるもん)
(え、バレたんか!?)

((……さすがスイッチ…))









******


スイッチとヒロインが二人でイチャイチャしてるところに戻って来ちゃったボッスンとヒメコ。
入るに入れずドアの隙間からこっそり覗いてたり。
スイッチは超気付いてる。ヒロイン気付いてなっしんぐ。

因みに、プリンは買えなかったんでしょう。多分。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ