みじかい

□非日常的愛遊戯
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なんて、非日常的。


「……つ、ばき…?」

ボクに押し倒された咲耶が不思議そうな声色でボクを呼んだ。
咲耶の顔の横についた掌から伝わる床の感触は固く冷たい。そこに背中をつけているのだからかなり冷えるだろう、と他人事のように思う。
恐らく、咲耶の目には愉しそうに目を細めるボクが映っているのだろう。

「………え、と?何かなこの状況」
「…ボクが咲耶を床に押し倒している」
「うわあご丁寧に説明ありがとう!そして早くどいてくれ」
「嫌だ」
「嫌だじゃないよ私が嫌だよ恥ずかしいよ!どうしたの椿くん、頭でも打った?」
「いや…今日、会長や榛葉さんに助言されたんだ。『好きな奴押し倒すくらいの度胸がなくてどうするんだ』、と」
「…………はぁ!?椿、それ馬鹿正直に聞いたの!?」
「そうだが」
「……………もういいよ…」

はあ、と咲耶が溜め息をつく。大仰な。
その頬が僅かに染まっていたのは、ボクが"好きな奴"と言ったからだろうか。
咲耶はなかなかの恥ずかしがり屋だ。
む、とボクを見上げる瞳を縁取る長い睫毛は、いつも俯く度頬に影を落とし艶美だ。
焦げ茶の瞳はいつも柔らかい印象を与え、小さな唇は薄紅に滑らか。
しなやかな首筋から鎖骨にかけてのライン、華奢で細いくせに柔らかい体、どれをとっても咲耶が美少女たる所以に相応しい。
恍惚とそれらを眺めていると、訝るような目で睨まれた。

「…椿、なんか目が変態」
「気のせいだろう」
「嘘だ……ねえ、もうどいてよ恥ずかしいってば」
「気のせいだろう」
「違うよ馬鹿!もうやだ、私椿と漫才する気なんてないんだから…帰る」
「馬鹿は貴様だ愚か者……ボクがそう易々と逃がすとでも?」

逃げようとする肩を少し強めに床に押し付けると、咲耶の顔が強張った。怯えているのは明らか。
ボクはそれに、少し喜びを感じた。
咲耶の感情、ボクの知らない咲耶をボクが引き出せる。それは酷く悪性の病のようにボクの胸に甘く纏わり付く。
何かを紡ごうとした唇を塞ぐ。一瞬、咲耶の眦に涙が浮かぶのが見えた。

「……っ椿、やだ、椿!」
「嫌だからなんだ、今日は止めてやらん」
「つばき、椿、ごめんなさい、離して、」
「嫌だ」
「つ……っひゃあ!」

きゅう、と閉じた目を、咲耶が瞠った。白い首筋をボクが舌でなぞったからだ。
魚かなにかみたいに体が跳ねて、目尻からは涙が一筋零れた。
小動物のように体を震わせる咲耶も、床に落ちた涙もこの行為も、ここは生徒会室でボクは生徒会執行部員で咲耶は一般生徒でああなにもかもが、



非日常的。


「椿…っ怖い、怖いよ……!」
「……そうか」
「怖いの、本当に、だから……もう、」

やめて、と感情が空気を振動させる前に言葉はボクに呑まれ。
泣きじゃくる咲耶の歯列をなぞると、小さく尖った八重歯があるのを初めて知った。
咥内を荒らしつつ細い脚を撫で上げるボクの手に、恐怖で白い喉がひくりと鳴った。




「………すまん」
「……っふ、え?」

ぴたりと動きを止めたボクに、咲耶が涙で潤む目を向ける。
さっきとは違い、今度は申し訳なさそうな顔がその目に映っていればいいんだが。

咲耶の上から退き、ゆっくり半身を起こしてやる。咲耶はまだきょとんとしている。
向かい合うように正座して咲耶に事情を話す事にした。

「……咲耶、あの、これはだな…」
「……?」
「…ほ、本当に済まない!!」
「わ、え、ちょ、椿!?」

澄んだ目がこちらを見ているのにどうしてもいたたまれなくなったボクは、思い切り土下座してしまった。
上から驚いたような声が降って来る。無理もない。

「……ボクは、咲耶が好きだ」
「え、ふあ、ありがとう…?」
「それで、咲耶を見る度に、どうしても触れたくて堪らなくて、」
「………」
「咲耶を怖がらせたくなくてずっと我慢してたんだ、だが…会長達に言われて、どうしたらいいか分からなくなって、それで……」
「………」

咲耶は何も言わない。顔を上げるのが、怖い。
しかし意を決してそっと見上げると、泣いていた。悲しそうでも苦しそうでもなく、淡々と涙を流していた。
驚いて目を合わせた瞬間、咲耶の顔が歪んだ。

「……っこ、怖かったんだよ…?」
「…済まない」
「椿、やめてって言っても聞いてくれなくて、いつもと違って、本当に、怖かった……」
「……ごめん」
「……ふ、うえぇ…っ」

そっと抱き締めてやると、咲耶は珍しく声を上げて泣いた。
こんな風に誰かに泣きつかれるのは初めてで、ボクはまた、非日常的な瞬間の心地好さに目を閉じた。



(椿の馬鹿、変態、下まつげ……っ!!)

(本当に済まない…お詫びに、ボクを一発殴ってもいいぞ)

(え、ホント!?グーでもいい?)

(う……まあ、いい、ぞ…)






***




「で?どうだったよ、昨日」
「……はい?」
「とぼけんなってー、うまくいったか?咲耶と」
「え、まさか椿ちゃんホントに押し倒しちゃったの!?計算通りだけど!」
「…まさか見ていらっしゃった訳ではありませんよね」
「かっかっか、見なくても分かるっつーの」

ボクは会長に目も向けず静かに舌打ちした、勿論聞こえないようにだ。
榛葉さんがにやにやとこっちを見ている、見なくても分かる。
丹生は黙って微笑み浅雛はただ人形を弄っている(本人に言わせると愛でている)が、あれは聞いてる。絶対聞いてる。

ボクはこれ以上ない程爽やかに笑顔を造って言ってやった。

「なんの事だかさっぱりです、会長」
「…性格悪ィな、お前も」
「会長ほどでは…」

性格が悪い?
なんの事だかそれこそさっぱりだ。
静かに睨み合うボクと会長をよそに、丹生がさもおっとりと声を上げる。

「咲耶ちゃんは可愛いですわよねえ、デージーちゃん」
「……ああ」
「私が男の子でしたら、襲ってしまいたくなるのも無理ありませんわ、ねえデージーちゃん」
「……ああ」
「ねえ椿くん、咲耶ちゃんは可愛いでしょう?」
「………」

丹生は屈託のない笑顔でボクに話し掛ける。
浅雛は口で笑ってこそいないが、眼鏡の奥の切れ長の瞳は笑う形に弧を描いていた。

ボクも努めて上手く笑って言った。



「ああ、とても可愛いさ」







非日常的遊戯


(ただしこのような会話は非日常"的"であるだけで)

(非日常であったのはあの行為のみ)

(咲耶が気づかないだけで、ボクはずっと、)


(ああやって咲耶と遊戯を、)







******


前半と後半の違いが凄まじい。
椿くんの性格捏造してホントすみません。
ていうか、私は暗いのを書きたいんだよ?うん。
 

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