みじかい

□ブラックアウト
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視界がぐらり、歪む。


「……椿、」
「………」
「……つばき…?」

僅かに震えた咲耶の囁き声も、どこか遠くに聞こえる。
頭の中でぐわんぐわんと轟音が鳴っているような気がする。酷く静かで寂しい気もする。
とにかくボクは、咲耶を抱き締める腕にひたすら力を込めた。

「つ、椿、痛いよ!」
「………」
「…なにかあった…?」
「………」

ボクに抱き締められたまま咲耶は慌てている。ボクが普段、あまりこういう事をしないからだろう。
不安そうな声で尋ねられたが何も言わなかった。言えなかった。

他の生徒はもう帰ったか部活に行って、気候の所為か陽が落ちるのも早く薄暗く陰った教室。
最後まで残っていたのはボクと今日の日直である咲耶だけ。
最近は特に忙しく、放課後教室にいる事の少ないボクに咲耶が珍しいね、今日は生徒会ないの?と、確かそう聞いた。
そしてボクは何も言わずに咲耶を両腕に閉じ込めた、ついさっきの事だ。
そういえば初めて抱き締めた咲耶は、なぜか甘い匂いがした。

「椿、椿、…本当、どうしたの?」
「……名前、」
「え?」

やっとの事で絞り出した声は、自分でも驚く程細く弱々しかった。
咲耶がきょとんと目を丸くし、ボクを見上げる。綺麗に澄んだ茶色の瞳に、酷く苦しげなボクが映っている。

「名字じゃなく、名前で呼んでくれ、ボクを……」
「え、あ、名前…?……さすけ……?」
「………」

ぐらぐら揺れていた視界がほんの少し治った気がした、本当に一瞬だけれど。
またすぐに戻ってしまった、苦しい。

ああ、視界が歪む、酷く息苦しい。
何なんだ、この不明瞭な不快感は。
ボクは一体どうなってしまったのだろう。

「さ、佐介、大丈夫?すごく苦しそうだよ、ねえ…」
「……っ咲耶、もっと、もっとだ…」
「え、なにが…」
「もっとボクを、呼んでくれ……っ」

咲耶の肩口に額を乗せてそう告げた瞬間、堰を切ったように心の奥から欲求がなだれ込んできた。
もっとボクを呼んでくれ、もっとボクを、必要としてくれ。
他の誰でもない、咲耶に、必要とされたい。

「佐介、佐介、さ、すけ……っ?」
「、っ……」
「佐介、私は佐介が必要だよ、」
「……咲耶」
「だから、…そんなに頑張らないで、」


視界がぐらり、歪む。
不明瞭な喉の渇きと息苦しさは拭えない、頭の中も混乱が治まらない。

だけど、望んでいた言葉は得られた気がする――









******


ブラックアウト、起こしてないしね結局。
なんだなんだ、どうしてすぐ甘くなるんだ?
私は暗いのが書きたいんだ!


補足しておくと、まあ彼女に必要とされたくて頼られたくて頑張り過ぎちゃう椿くんと、
それが心配な彼女、って事で。

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