みじかい
□日常的愛遊戯
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「椿、椿、遊んで」
「今仕事中」
「今やらなくてもいいと思う」
「だめだ、これは今日中に提出しなくてはならない書類だ」
「じゃあいつ遊んでくれるの?」
「今日の分の仕事が終わったら」
「いつ終わるのこれ」
「分からん」
これで会話は終了。
咲耶はつまらなそうに丹生の机にだれた。
ボクはまた努めて淡々と仕事を進める。
パチン、パチンとホッチキスで紙を綴じる音が響く。
聞くだけで分かる程、実にやる気のない音だ。
事実、ホッチキスを使う本人にやる気はない。
生徒会でもないのにどうしてこんな事しなくちゃならないの、とさっきまで散々ごねていた。
しかし会長の"お気に入り"である咲耶は、その会長に半ば強制的に事務の仕事を押し付けられてしまったのだ。
そして当の会長は、なぜか今日揃って用事があるからと先に帰ってしまった榛葉さんと浅雛、丹生と一緒に早退してしまった。
そして残されたボクと咲耶は、仕方なく仕事を進めている訳だ。
「……椿ィ、飽きたー」
「飽きたから何だ、手を動かさなければ仕事は減らないぞ」
「…もう綴じるものないから、終わっていいでしょ…?」
「それが終わったなら次は廊下に掲示物を貼ってこい、かなりあるが」
「ごめんなさい嘘つきました、まだ全然終わってません」
「愚か者が」
あれだけの量の書類の束を、こんなに早く綴じる事などできる筈がない。
ぴしゃりと一言言い放ってやると、目に見える程に落ち込み肩を落としていた。
むう、と頬を膨らませまた作業に戻ったようだ。一言疲れた時には甘い物だよ、と恨めがましく呟いたのが聞こえたが無視しておいた。
まあ、確かに可哀相な事をしているとは思う。
ちらと時計を見れば、もう校舎内に生徒は殆ど残っていないだろう時間。
こんな時間まで拘束されていては、不貞腐れたくなる気持ちも分かる。
だが、仕方ないのだ。
仕事は山積み、本来それを片付けるべき人達はいない、まさに猫の手も借りたい状況。
こんな状況下で貴重な人員を減らす訳にはいかない。
…ボクは、そう自分に言い訳した。
本音を言えば、離れたくないのだ、咲耶と。
決してそこまで広くはない生徒会室で、丹生の席に座る咲耶と二人きり。
言ってしまえばかなりおいしい状況である事は否めない。
さっきよりも作業のペースが落ちた咲耶を一瞥し、自分はなんて浅ましいのかと情けなくなるが気持ちに嘘はつけない。
気付けばボクの手は止まっていた。咲耶を見ている所為だ。
仕方ない、ボクは心の中で己に溜め息をつきつつ立ち上がった。
「……?椿、どうしたの?」
「咲耶、目を閉じろ」
「は、何でやだ、何か嫌な予感がする」
「いいから早くしろ、仕事増やされたいのか」
「や、嫌ですすいませんでした閉じます閉じますよ!」
訝しげに見上げる咲耶に睨みつけるような視線を投げれば、何を勘違いしたのかおたおたとし出し、素直に目を閉じた。
何をされるのかと不安げに眉を寄せる表情は、どことなく扇情的で。
まともに見ているとこっちが恥ずかしくなってくるので慌てて目線をずらし、ポケットから取り出したそれの包装を破り口に含んだ。
一瞬、酷く恥ずかしい思いが頭を過るが何とか振り払い、ボクは覚悟を決めた。
「…椿ー?なに、何なの?目開けてもいい?」
「だ、だめだ、ちょっと待て!」
「わあ怒んないでよ怖いよ!だからなにって聞いて……」
焦るような咲耶の言葉の続きは、体よくボクに呑まれた。
驚いた咲耶が目を瞠るのは勿論予想通り。
なぜかやけに甘ったるいそれを咲耶の口に押し込んで、最後に唇を舐めて解放してやった。
赤くなる事も忘れてボクを見上げる咲耶は、ぽかんと口を開けたまま。
暫くそうして静止した後徐々に閉じていった口と共に頬も染まり始める。
「……甘い」
「飴だからな」
「…苺味だ」
「好きだと言っていただろう」
「…何がしたいの、」
「『疲れた時には甘い物』、なんだろう?」
「…………」
必死に冷静を装い言ってのければ、珍しく負けたのは咲耶。
俯いたその口内で転がされた飴が歯に当たる音が微かに耳に届いた。
暫く物も言わずそうしていたが、やがてきっとボクを睨んで言ったその顔は真っ赤だったから、ボクの口癖だと言うのもやめた。
「……っ恥を知れ、愚か者…!」
日常的愛遊戯
(ていうか叩かれるかと思った…)
(ボクがそんな事をする訳がないだろう、確かに仕事は遅いが)
(ひどい事をさらっと言うね)
(…ほら、『甘い物』をやったんだ、早く仕事を進めろ)
(そして視線が四つボク達を見ている事など気付かずに、)
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だんだん超恥ずかしくなってくる椿くん。
あと甘い物に飴とキスをかけた管理人はそうです馬鹿です恥ずかしいやつめ。
四つの視線は勿論あれですよ先に帰っちゃったあの人達ですよ