みじかい
□パラレルワールドへの夢想
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先輩、先輩。
先輩はなぜ先輩なんですか。
そう、馬鹿なことを問えばあなたはいつものように困った笑顔で答えるんだろう。
「それは仕方ないじゃない、わたしが椿くんより一足先に世へ生まれ出たのだもの」
ボクはあなたのその、演技がかった喋り方が好きだった。
でもそんな笑顔で仕方ないなんて言わないで欲しかったんだ。
あなたはときに残酷だ。
ボクを慰めるつもりなのだろうが、白く華奢な手でボクの頭を撫でる。
それがどんなにボクを傷付け、同時に甘く満たすか分かっておいでですか?
あなたはボクに一方的に触れるくせにボクがあなたに触れることを許しはしない、なぜならばあなたは安形さんの恋人だからだ。
ボクだって頭じゃ分かってる。ただ、心がついていかないだけ。
「椿くん、そんなに悲しい顔をしないで頂戴よ」
「…悲しい顔、なんて」
「しているよ。ねえ、きみにはもっと素敵な女の子がお似合いなのだから、だからわたしのことは忘れて?」
ああ、あなたはその美しい唇でなんて残酷なことを言いなさるのか。
忘れるなんて無理に決まってる。ボクはこんなにも、あなたに恋い焦がれているというのに。
先輩。
自分がボクに似合わないなどと優しい嘘をつかないで。
ボクなんかに興味はないと、そうはっきり分からせて。
そうすればボクも或いは諦められるかも知れないのに、あなたは本当に優しく無邪気に残酷だ。
まるで幼い子供のよう。
「…先輩」
「なあに?椿くん」
「もしも、ボクが先輩と同い年だったなら、先輩はボクを選んでくれましたか」
またあなたは困った笑顔でボクを見る。
その次の言葉はもう分かっているんだ、ボクは。
「分からないわ、そんなの。…ごめんね」
分からない、か。
でも少なくともボクを無数の選択肢の中の一つには加えてくださったでしょう?
この世界の、あなたよりも年下のボクにはそれすら叶わない。
「…いえ、ボクこそごめんなさい」
「椿くん…」
「咲耶先輩、…安形さんと、お幸せに」
エヴェレットの多世界解釈。
あれに則ったら、どこかに先輩に選ばれた幸せなボクは存在するということになるのだろうか。
そうだといいな、と思った。痛いほど締め付けられる心にそっと、目を閉じて。
((パラレル・ワールドへ想いを馳せる少年にどうか幸多からんことを!))
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