みじかい

□モルヒネ。
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「あああああーついよぅ…」

呟いて机に上半身を預けた。
ぺたり、机が頬に貼り付く。

「わざわざ暑いと言うから暑いんじゃないのか」

椿は暑い暑いと唸るわたしを見下ろして、しかし自分も額の汗を拭く。

「なんでクーラーないのこの部屋…私立なのにぃ」
「生徒会室だからな。そんなものは不要だ。大概放課後しか使わないのだから、そんなものを設置するだけ費用の無駄だろう」

椿はいつものように、ぺらぺらといらない説明まで加えてわたしに応えてくれた。
せめてもと開けた窓からは、ぬるい風が時たま入ってくるだけだ。

「じゃあクーラーついてる部屋にしてくれたら良かったのに…」
「仕方がないだろう、ボクだってそうしたかったが普通教室は補講で使用されているし、特別教室は許可がなければ入れない。夏休みの宿題を見てやるだなんて理由で、先生の許可がもらえる訳がない」
「ううう、そこをなんとかしろよ生徒会長!」
「無茶を言うな」

そんな椿は会長専用のふかふかした椅子を、わたしの座る普段ミモリンが使っている机に寄せて座っている。
椿の言う通り、わたしの宿題を見るためだ。
このままだと絶対最後まで宿題溜めちゃうから手伝って、お願い!
そう頼み込み、学校で分からないところを教えてもらいつつわたしがサボらないように監視してもらうのだ。

「幸い七月中の生徒会室の鍵の当番がボクだったから良かったが、僕以外だったら九月までこの部屋は開けられんからな。行くところがなかったんだぞ」
「だからファミレスとかでいいって言ったじゃないかぁ!」
「だめだ。神坂はそんなところでは他に気を取られて宿題を進めないのが目に見えている」

確かにファミレスなどではスイーツやらに気を取られ、わたしは宿題なんてやらないだろう。
しかしお互いの家でという選択肢はわたしたちにはない。
そんな関係ではないのだ。
単なるお友達。それ以外のなんでもない。
お互いの家を行き来できるような、そんな深い関係はないのだ。

「ほら神坂、この問題が解けたら一回休憩にしよう」
「ほんと!?」

とんとん、と椿が指で示した問題は、さっき教えてもらった問題の応用。
少ない脳味噌を総動員して、問題を解く。
所要時間約5分。
なんとか答えを導きだし、模範解答を見ると正解していた。

「できたー!」
「うむ。よく頑張ったな」

優しく笑う椿は、厳しいけれど優しい、いい友達。
頭も良いし、たまに暴走するけどほんとにいいやつ。
今だって、わざわざわたしに付き合ってこの暑い中宿題を見てくれているんだから、これは今度しっかりお礼をせねばなるまい。

「椿ー、お礼なにがいい?」
「お礼?…別にそんなの、」
「いいから!なにか言ってよ」

遠慮がちな椿にそう言うと、眉間に皺を寄せて考え始めた。

「…なんでもいいか?」
「あんまり高いのはやだな」
「いや、ただだ。ある意味高いが」
「え?よく分かんないけど…ただならいいよ!」

笑顔でそう言うと、椿はじゃあ、と言った。
なになに、優等生の生徒会長はなにが欲しいの?
ちょっとわくわくしながら次の言葉を待つと、椿はそっと呟いた。

「咲耶が、欲しい」
「え?」

言うや否や椿はわたしの腕を掴んで立ち上がり、わたしを机に押し倒した。
え、なに、なんだよちょっと。
いきなりのことに頭がついていかない。
打った背中の痛みを堪えて見上げると、椿は真剣な目でわたしを見ていた。

「咲耶が、欲しいんだ。いい、な?」
「や、ちょっと待って意味が……ひゃあっ!?」

いつもと様子が違う椿に一抹の不安を覚えたとき、いきなり椿がわたしの首筋を舐め上げた。
ぬるい舌が肌を這う感触。
その舌が耳たぶに辿り着いて、そこを柔らかく食まれてわたしはなぜか体が勝手に震えるのを感じた。

「や、やだ…っ、椿!」
「だいぶ汗をかいているな。しょっぱい」
「っいや…そこで喋らない、で…!」

耳元で椿の楽しそうな声が聞こえて、わたしは擽ったくて堪らない。
しかし椿はわたしの言うことを聞いてくれなかった。

「咲耶は耳が弱いんだな」
「や、やめてよ…やだっ!」

椿の手がわたしの胸元にかかる。
リボンを外し、ボタンを外し、わたしはどんどん裸に近づいていく。
堪らなく、怖かった。
いつもと全然違う椿と、これからどうされるかへの不安。
抵抗しようにも、手足は椿の手や体で押さえ付けられて動かせない。

「ああ、ここも汗をかいてる」
「ひ、や、やだ…っ」

ちろちろ、舌の先がわたしの鎖骨や胸の谷間を抉る。
さっきまでとは違う汗が止まらない。ひやあせ。

「咲耶の味が、するな」

どうして椿はそんなことして、そんな嬉しそうな顔するの。
いつもと全然違う椿に、恐怖よりも泣きたくなった。
気持ち悪い、なんて。
椿相手に思うことがあると考えたこともなかった。
いつだって椿は優しい友達で、男女とかそういうの関係ない間柄だと思ってた。
悲しい。堪らなく、悲しい。

「…咲耶、泣くな」

耐え切れずにぽろぽろ涙が零れていく。
その涙を指で拭って椿が囁いた。
泣かせてるのはあんたのくせに。
そう言ってやりたいのに喉からはなんの言葉も出てこなかった。

「ごめん、咲耶、ごめんな…」

椿は普段から意外とよく表情が変わるやつだけど。
さっきの嬉しそうな顔からこんな悲しい顔に一瞬で変わった。
椿の方が、泣き出しそうだった。
その悲しそうな表情に、こんなことをされている現実を一瞬忘れてわたしは椿を慰めてやりたくなった。
椿はいいやつだから。

「つば、き…あの、」
「咲耶」
「…佐介?」

そっと、戸惑いつつ囁いた、初めて呼ぶ下の名前に。
椿は子供のような嬉しそうな表情を見せた。
あ、良かった。
そう思い、わたしも嬉しくなった。
押し倒されて、シャツは肌蹴て、これから犯されることがほぼ確定しているようなものなのに。
わたしって馬鹿なのかな。
椿がいいやつとかそんなの崩れ去ったあとなのに、なあ――?
ずっと好きだったんだ、椿は囁きながらわたしの下着を外し始めても、わたしはぼんやりと椿が嬉しいならいいかななどと思うだけだった。











咲耶に、無条件にいいやつだと思われるようになるまで、ボクは非常に苦労した。
そんな苦労が実り二人きりになる状況を咲耶自ら作り出してくれた。
きっと今も咲耶はボクがいいやつだから仕方ないとかいいや、とか考えている。
咲耶のことなんか目を見れば分かるんだ、簡単に。
ボクはいいやつ。
それは咲耶の脳内で、麻薬のように咲耶を縛り付けるだろう。
ぼんやりと、だからいいのかなあって、そう考えているだけでいい。
そのうちそれが愛に変換されたらいいなと思いつつ。
ボクは咲耶を犯し続ける。







((その方程式こそ、モルヒネ))









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