ここまでおいでませ

□僕は弱くて俺は強い
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「なんでそんなに強いんだよ」
僕の質問にそいつは答えなかった。返ってきたのは不敵に口端を吊り上げ笑みと、僕への質問だった。
「そういうお前はなんでそんなに弱ぇんだよ?」
夜の煌びやかなネオンに照らされるそいつはまるで、太陽みたいだった。



***


あれから僕は自分を俺と呼ぶようになった。それは誰の為でもなければ誰のおかげでもない。
推薦も決まっていた県内でも有名な進学校への進学も蹴って、今、この場所に立っているのも、誰でもない自分自身で決めたこと。
俺はただある男を探していた。忘れもしない、あの夜、俺を弱いと嘲笑ったあの男を。
男と出会ったあの夜まで、俺は毎日を平穏に送っていた。平穏と言っても、これと言って変わり映えもしない、極普通の中学生が日常的に送る生活、そして義務を全うしていただけ。そんな決まり切った毎日の中のたった一回迎えた夜が俺の全てを変えた。
その日の俺は、親から通うように言われた塾から家へと帰路についていた。しかし、何の悪戯か、塾の帰りの時間が遅かった所為か、覚えはないが日頃の行いが悪かった所為か、公園という名の純粋無垢な子供たちのオアシスでタチの悪い不良たちがたむろっていた。
不幸なことに、目の前を通りかかっただけの俺はそんな暇人共の標的になり、卑怯もへったくれくれもない、その場にいた大人数で一方的にタコ殴りにされた。
もちろん喧嘩なんて人生十五年、一度も経験したことのない俺の抵抗は無駄だった。
湿った草の匂いと、鉄の錆びた臭いが混じって、吐き気を誘った。それだけじゃない、容赦ない衝撃が肺に、内臓にめり込んで、体の中身が空っぽになるんじゃないかと思ったときだった。あいつは現われた。
「俺も混ぜろよ」
冷たい声が衝撃音に紛れて俺の耳に届いた。夜の闇に溶け込むように俺の意識はそこで途切れて、次に意識が浮上したとき、俺の周りには誰もいなかった。
公園の真ん中で一人ポツンと残されて、さっきまでの出来事が夢のように思えるほど静かだった。
けれどそれを夢と思わせてくれなかったのは体に残る痛みや骨が軋む音。それを感じた瞬間、現実に引き戻されて、何を思ったのか俺は家に帰る方向とは逆の方向へ痛む足を引きずっていった。
傷だらけの学生が街の中を歩けば、それはもう注目を浴びることになる。遠巻きに聞こえる小声も、奇怪なものを見る視線も、どれ一つ気にせずに、俺は操られるように、引き寄せられるように足を動かしていた。
そして、偶々曲がった薄暗い路地に俺は入っていった。歩き進めば音が聞こえた。それらは聞き覚えのある音で出来ればもう二度と聞きたくない音だったはずなのに、俺は獲物を見つけた肉食動物のようにその音を追いかけた。
暗かった路地を抜けた先には小さな広場になっていて、俺は目的の人物を見つけた。視界の隅では呻きながら見覚えのある奴らが倒れていたが、興味なかった。
つまらなさそうに男は紫煙に包まれながら夜空を仰いでいた。俺はそいつに助けられた、そんな風に考えることは出来なかった。どうしても俺には、この男がそんな善意的な行為をとる奴には到底見えなかったのだ。恐怖という感情を捨てて、俺はそいつに向かって口を開いた。
「なんでそんなに強いんだよ」
「……あ?」
男の瞳が俺を捉える。男の視線が俺の頭から足のつま先まで観察するように移っていくのを感じた。いつの間にか俺は、力一杯に握りしめていた拳の痛さも忘れ、男を睨んでいた。すると、男は納得したような面持ちで軽く頷き、笑んだ。
「そういうお前はなんでそんなに弱ぇんだよ?」
「……、…弱い?」
男の言葉を頭の中ですぐに変換することは出来なかった。何故なのか、俺が一番聞きたい。
「俺が強いんじゃねーよ、お前らが弱すぎんだ」
男はそう吐き捨てて俺の横を通りすぎていった。また俺だけが残されて、周りが不思議なくらい静かになった気がした。
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