ここまでおいでませ

□パナケイアの絆
1ページ/7ページ


「ノア、レッドベルベールと、メギの蕾、それとC+RY-3錠持ってきて。」

「え、えっと…はい!」

ノアと呼ばれた少女が薬品棚に駆け寄り漁る。頼まれた薬草、それと錠剤の詰まった瓶を手にし、それを指示した人物、ノアのルームメイトであり、上級生であるケイリーに渡した。

「ん、ありがとう。よし、これで…熱処理を済ませれば…。」

「か、完成ですか?先輩!」

「うん、ありがとな、ノア。お前がいると課題がはかどるよ。」

「光栄です!学年一の先輩のお手伝いが出来て!」

彼女に撫でられノアはくすぐったそうに眼を瞑る。そんなノアをまるで妹を見るようにケイリーは温かく微笑んだ。

「お前も実技であれば、学年一も目じゃないのにな。」

ぽつりと零したケイリーの賞賛はノアの顔を曇らせた。

「魔法薬師は実技と筆記…両立出来なければ、意味がない…この間、先生に怒られてしまいました…。」

ノアの夢。それは魔法薬師になること。魔力を持つ者が扱うことを許された魔法に対し、魔力を持たずして生まれた者たちが見出した文化の希望、それが魔法薬学。

特定の材料を集め、手順を踏み調合することにより魔法と同等の力を発揮させることが出来る魔法薬学は今では人の暮らしには不可欠なものだ。

電気を作り出すのも、車を動かすのも、作物を育てるのにも、飲み水を作るのも、人の病や怪我を治すのも、全てが魔法と、そして魔法薬で成り立っている。

しかし近年、魔力を持たずして生まれる者がほとんどだった。現にノアとケイリーの通うこの学び舎“シビル魔法薬学校”にはたくさんの生徒がいる。

魔法薬師は、魔法学を駆使し、人々の暮らしを助ける職業。魔法薬師となれば、自分がやるべき仕事を立ち上げることが出来る。

ノアは魔法薬師となったら、学校を作りたかった。貧しかったり、親のいない子供たちにも魔法薬学を勉強する機会を与え、人々のために魔法薬学を役立ててほしかった。

そのためにも、魔法薬師になるためにこの学校で魔法薬学を学び、実技と筆記で良い成績を取り、卒業課題として、自分が作り出した新たな魔法薬を作ることが必須だった。

「ケイリー先輩は、ご両親の病院を継ぐため、でしたか?」

「あぁ…まぁな。」

ノアの持つ夢のようにケイリーにも夢があった。ケイリーのように両親が魔法薬師であり、開業した職業を継ごうとする子供も少なくない。

ケイリーはこの街でも一番大きい病院の一人娘だった。跡継ぎがケイリーしかない為、必然的な夢になったともいえるが、ケイリーは両親を誇りに思っていた。

「父さんと母さんが立ち上げて大きくした病院だ。みんなの信頼が集まったあの病院は私が守る。」

男よりも男前なケイリーは頼もしい性格の持ち主となり、言葉や対応にもそれは現れていた。

ノアはそんなケイリーを先輩として女性として、そして人間として、心から尊敬していた。

「素敵です、先輩!」

「ノアの夢も素敵だよ。早く、薬品名、覚えられるといいな。」

「はい…。」

夢はあっても、努力しなければいけない問題、それがノアにはあった。

どうしても薬品名が覚えられない。古来よりある薬草の名前や効能はわかるのに、人工的に作られた薬品だけが記憶することが出来ない。

「確かに、C+RY-3錠なんて覚えにくい名前してると思うけど。なんだろうな。」

「自分でもさっぱり…。」

「記憶力も悪いわけじゃないのに。」

ケイリーがおかしそうに笑う。ノアは苦笑いを浮かべることしか出来ない。

本来、魔法薬学とは自然の恩恵である薬草や魔物の体の一部を材料としてきた訳だが、文明が進むにつれ、危険を冒さずともそれと同じ効能を生み出す薬品を作ることに成功した。それが、ノアが苦手とする魔法人工錠だった。

それらは短くひとまとめにされた名前で、簡単な文字の羅列と受け取れるのに、ノアはどうしても覚えられなかった。ケイリーの言う通り、記憶力が悪い訳ではない。

薬草学に関してだけは一度だが、トップを取ったこともあるのに、いつも近代魔法薬学総合という筆記を受ければ彼女は悪め目立ちしていた。

その噂は教師だけでなく、生徒の間にも広がっていた。

いつか、後から入ってきた生徒にも薬品の名前一つも覚えられないことを馬鹿にされた日もあったし、今もそういう視線は絶えなかった。

「気にするなよ、ノア。」

「はい。」

ノアの実力を分かってくれているケイリーがいる。それがノアの支えだった。

筆記でいくら成績が悪くとも実技では薬品名の書かれた錠剤を渡すことが出来る。むしろ、薬草の方が名前など書いていないのだから、これだけでも救いと思わねば、ノアは前向きな姿勢でい続けることで自分を奮い立たせた。

「そういえば。」

ケイリーが思い出したようにつぶやいた。

「特別講師が来るらしいな。」

「あ、知ってます。なんでも天才魔法薬師だとか。」

ケイリーの口から出た話題は今、学校内でも持ちきりの話題だった。元々この学校の卒業生であり、当時から天才と謳われた生徒だったという。

「去年、人工的に精霊とコンタクトを取る魔法薬学を発見したんですよね?」

「そう聞いているな。」

「すごいなぁ…本当に魔法と同じくらい、夢みたいな事が叶うんですね…。」

「それが魔法薬師、だからな」

うっとりとノアは夢心地だった。同時に自分にも出来るようになるのだろうか、そんな不安になる気持ちにそっと蓋をした。


 
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ