ブック 短編

□この涙が止まったら
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最後にグリーンがここに来たのはいったいどのくらい前だっただろうか。
ここには日にちを確認出来るようなものがなにもないから正確なとこは解らないけど、最近はしょっちゅう顔を合わせていたせいか、なんだか大分長い間会っていないような気がする。

「来ない、な…」

俺がシロガネ山にいることを知って以来、グリーンは時々ここを訪れるようになった。
『よう!こんなとこに一人でいるのも寂しいだろうと思って来てやったぜ!』
…なんて言って、大体月二回ぐらいだろうか、俺の元にやって来ては、俺の隣で勝手に一人で色々喋って、頼みもしないのに食糧や衣料を置いて、最後に必ず「いい加減降りてこいよな」と言って帰っていくのだ。

「別に寂しくない」とか「頼んでない」なんて言いつつも、いつの間にか俺にとってはそれが当たり前になっていたのかもしれない。
グリーンが長い間ここに来ていないという事実に物足りなさを感じる自分が今ここにいた。

「…もう、来ないのかもな」

もしかしたら彼女でも出来たのだろうか。
あいつ、黙ってればそれなりに格好い方だし。
それで暇じゃなくなったから俺のとこにはもう来ないのかもしれない。

「…」

一人で居るのはもう慣れてる。
寒いからあまりボールからは出さないけど、ピカチュウたちだっているし。
だから、寂しくなんてない。

「…前と同じになるだけだし」

その、はずなのに。

グリーンが、別の誰かと一緒にいるために俺のとこには来なくなる。
そう考えると自分でもなんだかよく解らない複雑な気持ちになり、胸が苦しくなった。

「寂しくなんか、ないのに…」

じんわりと目元が熱くなる。
鼻の奥がツンとして、視界が滲んできて、自分が今泣きそうなんだということに気付いた。

俺は、何がこんなに悲しいのだろうか。
こうして一人でいること?
だったら、誰でもいいからここに来て一緒にいてくれればそれでいいのか。

…誰でもいい?
グリーンでなくても?
…いや、グリーンがいい。
でも、なら、なんでグリーンなんだ。

「なん、で…」

『いい加減諦めろ』と心の中の誰かが囁く。
本当は解っているんだろうと。
ただ俺がずっと長い間目をそらしているだけなんだと。

今更自覚するぐらいなら、一生そのままにしておきたかったのに。
グリーンのことが好きだなんて。

溢れそうになった涙を拭おうとした、その時。

「よう、レッド!久しぶりだな!こんなとこに一人でいるのも寂しいだろうと思って来てやったぜ!!」

「え?」

一瞬、自分の耳を疑った。
だけど、振り向けばそこにはたしかに声の主がいて。

「…グリーン?」

「いやー、インフルエンザ拗らせて入院するハメになってよ!全然熱下がんねーし下がってもしばらくはおとなしくしてろって医者が言うし!」

グリーンが、いる。
今俺の目の前に、間違いなく。
「しかもさぁ、治ったら治ったでジムの仕事がすごい量溜まってたんだぜ!?なんか再来月にジムリーダー同士の集まりがあるとかでさー、あれは下手したらお前探してジム空けてた時に溜め込んだより多かったな!」

グリーンはいつもの調子で勢いよく喋り続けるが、予想外のことに脳内処理が追いつかなくて俺の頭には内容はほとんど入っこなかった。

「でまぁ、今日の朝になってやっと一段落ついたんだよ!で、ずっと来なかったからお前が寂しがってんじゃねぇかと思って来てやっ…レッド?お前、何泣いてんだよ!?」

来なかった理由とか、なんでまた来たのかとか、そんなことよりこうやってグリーンの顔を見て声を聞けることに安堵して、堪えていた涙はいつの間にか溢れ出て俺の頬を濡らしていた。

「っ…グリーンの、せいだ」


「は?…えーと、もしかして、本当に俺が来なくて寂しかった、とか?…って、レッド!?」

正面からギュッとしがみつけばグリーンが驚きの声をあげたが、無視してその胸元に顔を埋める。
グリーンは、珍しく無言で俺の帽子を取って頭を撫でて、その手をそのまま俺の背中にまわした。

「ったく、しょうがねぇ奴だな」

口調とは裏腹に、俺を抱きしめるグリーンの腕は優しくて。
その感触、そして久しぶりに感じるグリーンの温もりと匂いに、俺はますます涙が止まらなくなった。



この涙が止まったら、ちゃんとグリーンに伝えてやろう。
お前のことが好きなんだって。



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