カプチーノ

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男は、トイレの中で、ふう、と息を吐きだした。

甘い桃の香り。ピンク色。
尿意で焦っていたとはいえ、間違えて女子トイレに入ってしまった中村悠太は、盛大に息を吐きだした。

女子トイレというものは、見た目や色合いだけでなく、匂いにまで気を使っているのだろうか?
さすがに、ここまで甘い匂いに包まれると、気分が悪くなってくる。

ガサゴソと紙袋の中をあさり、悠太は花魁の衣装を広げた。



「あー、何で俺がこんな衣装…」



劇は嫌いではない。もちろん、演技だって好きだ。
だが、悠太は顔が綺麗だから、という理由で、女役をよくやらされていた。

嫌、とは言えない。
だが、本音を言えば、自分も新撰組や幕府側の人間の衣装を着たい。



「そーいや、祐輔の代わり、どーすんだろ。」



祐輔。本来は、今回の劇で囚われた村人役をするはずだった団員の一人である。
だが、祐輔は夏風邪をひいてしまい、劇どころではなくなった。

団員はいるから、何とかなるとは思うが。

花魁の衣装に身を包み、着ていた袴を紙袋に押し込む。
悠太は、トイレのドアの隙間から、人がいないことを確認し、バッと身体を表に出した。




「(げ、やば、女の子…っ!)」




入り口付近で、キョロキョロとあたりを見渡す女存在に気付かなかった。
しかし、一度出たのに、トイレの中にもう一度戻るわけにもいかない。

まずい、と思いながら、悠太は極力目を合わさないように顔を逸らし、足早に女の横をすぎ通る。



「あのー、」

「!?」

「この辺で、袴を着た男の人見ませんでしたか?」

「さ、さあ、」



きっとそれ、自分です。

と思いながら、悠太は足早に、その場を立ち去った。



「(危なかった…)」



流石に、女子便所から、女装した男が飛び出してくる、なんてさっきの彼女は想像もしていなかっただろう。

あの様子じゃあ、男だとばれて無かっただろう。
そっと胸をなでおろした、悠太を姿を見つけた、団員の一人が、悠太の元に駆け寄る。



「悠太さん遅いよー。」

「悪い悪い。」



劇団SAMURAI。それが、悠太の居場所だった。

化粧もばっちり、衣装もバッチリ。
身長がでかいのは仕方がないが、元から整った顔に、化粧は映え、見るものすべてを惹きつける魅力を、悠太はかもち出していた。



「悠太さんってさー、ほんと女装してる時が一番楽しそうだよね。」

「女形って言ってくれないか…?」



ふと、鞄の中に何時も入れてある刀が無い事に気付く。



「やば…トイレに忘れてきたか?」

「どーしたの?」

「わり、ちょっと落し物したっぽい。」



否、だが、トイレで刀を出した記憶は無い。
服を出した時に、一緒に落ちてしまったのだろうか?

色々と思いを巡らせるが、思い当たる節が見当たらない。

一先ずロビーで落し物が無かったか聞いてみたが
受付の女は静かに首を振り、それらしきものをもった女がトイレに向かって駆けていった、と教えてくれた。




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