カプチーノ
□02
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もしかして、あの入り口で出会った子だろうか?
悪い事をしてしまったな、なんて考えつつ、悠太は再び先程のトイレへと向かう。
「(何やってんだ…?)」
入り口付近で立ち止り、床に落ちる布を見つめる、女の姿。
先程すれ違った女だ。少し嫌な予感を感じながらも、悠太はそっと近づく。
「げ…」
そして、床に落ちる布が、ただの布ではなく、予備で入れていた自分のパンツだった。
「(パンツ…男物の、パンツ…)」
一方の女は、背後に迫る影に気付かず、ジッと布を見つめていた。
大柄な女が出ていた後に、落ちたパンツ。
それは、紛れもなく、男物のトランクスだった。しかもシマ模様の。
まさか、さっきすれ違った女の人は…男だったのだろうか?
先程の挙動不審な態度も、男のようにでかい身体も、それならば言いわけがつく。
今思えば、声も少しおかしかった。
「あのー…」
「…!?」
女は先程拾った刀を付きだし、女装した男と思われる人物を凝視する。
悠太は警戒心剥き出しの女に極力近づかないようにして、刀と女の足元に寂しげに落ちているパンツを返してもらうべく、手だけを差し伸べる。
「えーっと、拾ってくれた、んだよね?」
「………女子トイレで何をしていたの?」
「見りゃわかるだろ、着替えだよ、着替え。」
「…男子トイレで着替えなよ。」
明らかに、不審者だと思われている。
そんないたたまれない状況に、流石の悠太も堪えられず、声を張り上げた。
「う、うるせーな!間違えたんだよ!」
「…」
「疑いの目を向けるな!いいから返せよ、それ、とパンツ!」
女はは少し複雑そうな顔を浮かべる。
「(イケメン…)」
女があれ溜めて見た男の顔は、困惑の表情を浮かべるものの、整っている。
女はは何故か気恥かしくなり、いそいでパンツを拾い上げた。
刀と一緒に悠太に向かい、投げつける。
「イケメンだからって何しても許されるなんて思うなよ!」
いきなり虚をつかれた悠太は、刀とパンツを握りしめたまま、女の顔を見つめる。
よく見ると、女は小柄で、とても可愛らしい顔をしていた。
日本人らしい黒髪に、ピンク色の花が描かれた浴衣は良く似合う。
頬を染めているのは、恥ずかしがっているのだろうか?
それとも、怒っているのだろうか?
悠太はチラリ、と腕時計を見やり、まだ時間があることを確認する。
「あのさ、」
「…何?」
腰を折り曲げ、女に顔を近づける。
すると女はますます頬を真っ赤に染め上げ、男の額をグッと握りこんだ。
「痛!いたたた!」
「近寄んな、イケメン変態!」
「ちょ、それ、褒めてん?けなしてんの?」
「この、!」
悠太は自分の額に押しあてられる手をとり、改めて瑠璃の顔を覗き込む。
とまどったような、表情は、とても可愛らしく
悠太は次第に、少女に惹かれている自分に気がついた。
「俺さ、このホテルの隣の劇場で、劇団やってんだ。」
「へーそーなんだ。」
じゃ、とそのまま歩きだそうとする女の腕を掴み、悠太は真剣な表情を浮かべる。
「ちょっと待って!お願いがあるんだけど!」
「は!?」
「君、劇に出てくれない!?」
「嫌よ!」
「お願い、お願いだから!」
台詞も少なく、動きも無い囚われた村娘役。
悠太は、この女を、今回風邪で休んでいる祐輔の代わりに舞台に立たせようと思った。
団長にはまだ確認をとっていないが。
人数の少ない劇団だ。裏方に入る者も手一杯で、出来ればそちらの人数を減らしたくない。
しかし、代理は必要なのだ。
本来なら、素人を、しかも男性だけで構成された劇団の舞台に女を立たせるのに抵抗はあるが、背に腹はかえられない。
「村娘役のやつが休みでさ、人手も足りないんだ、お願い!」
「…っ、何で私なの?もっと他にいるでしょ!?」
表情を崩した、めいいっぱいの笑顔。
優しいトーンの声で、彼女の耳元でささやく。
「君が可愛いからに決まってるだろう?ね、お願い。」
大概の女子は、これで顔を真っ赤にし、頷いてくれる。
自信満々に身体を離し、再び、瑠璃の顔をのぞきこむ。
しかし、悠太が想像していた表情は、浮かべておらず…
まるで、この世のものではないものを見たかのような、驚愕の表情を浮かべ、彼女は固まっていた。
「気持ち悪っ!」
「え?」
「うっわ、鳥肌立った…」
袖からでた腕をさすりながら、女はこちらに背を向ける。
「っじゃ、私はこれで。」
まるでその場から逃げるように立ち去る少女。
ほんの少し前までは、恥ずかしそうに目を泳がせ、頬を染めていたのに。
甘く囁いた瞬間、おっさんのように表情を歪めていた。
一体彼女は何だったのだろう?
「あー、悠太さんこんなトコにいたー!早くしないと劇始まるよー?」
「…翔…」
「ん?どーしたの、鳩が豆鉄砲くらった顔して。」
「俺ってさ、気持ち悪い?」
「は?今更?そんな事どーでもいいから、劇始まるよ、早く!」
悠太は、優しさの欠片もない後輩の後ろ姿を見つめながら
「(絶対、あの女、オトしてみせる・・・!)」
名も知らぬ女に、淡い恋心を抱いた。
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