とある

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柳瀬柚木。28歳。
教師となって早5年。三十路手前自分は、未だに独身である。

突然ですが…



「彼らの、保護者として、同居してあげてくれないかい?」

「はい…?」

「ああ、もちろん。反論意見なんて、聞かないけどね。」



生徒二人と、同居する事になりました。



「(引き受けちゃったけど、大丈夫なのかな…)」



話の内容はとても単純。
どうやら、家康と石田は、わけあって、竹中先生の家で暮らしていたらしい。

しかし、竹中先生が入院するという事もあり、さすがに思春期の高校生二人を家に残しておくのは不安になったらしい。
そこで、その二人の保護者として、俺が選ばれた。



「ちょっと、待ってください!」

「ン?何だい?」



育ち盛りの男二人。公務員の安月給で養っていけるわけがない。



「それに、住むところだって…」

「ああ、それには心配いらないよ。別荘を貸してあげる。」

「別荘…!?」



もう流石です、竹中先生、としか言いようがない。

サインと押印をしてしまい、後に引けるわけもなく、俺は地図と自分の必要最低限の荷物を持ち、今日から暮らすことになる、別荘の前にやってきていた。

学校から約40分、といったぐらいの距離か。
電車に揺られ、慣れない土地に戸惑いながらも、俺は無事に家にたどり着いた。



「すげぇ…別荘って聞いて大体の想像はしてたけど、すげぇ。」



閑静な住宅街の端の方にひっそりとそびえ立つ、今時珍しい、木造の一軒家。
3人で済むには勿体ないぐらいスケールのでかい家だ。
しかも二階建てときた。

これからココに住むのかと思うと、期待と不安が入り交じったような不思議な気持ちになる。
その気持ちを胸に、意を決し、インターホンに指をのばした。



「…………」

「(無言!?)あの、竹中先生に言われて、今日からここに住むことになったんだけど…」


この無言の圧力は一体何なのだろうか。
重い。この玄関の空気だけが回りから切り離されたかのように、異様に重い。



「ああ、話は聞いている。入れ。」



インターホンを押した後、真っ先に出てきたのは、石田三成だった。

急激な展開すぎて、頭がついていかない。



「えーっと…よろしくお願いします?」



長い沈が、広いリビングを包み込み、背中に嫌な汗が伝う。
目の前にいるのは、幼馴染である徳川家康。そしてその横で呆けたような表情でこちらの顔を見つめる俺の想い人、石田三成。

竹中先生から半強制的に言われた同居生活を始めるにあたって、用意された一軒家には、もうすでに二人は暮らしていたらしい。

保護者はつくという事は聞いていたらしいが、まさか自分達の担任となった人物が出てくると思わなかったのだろう。
未だに呆けたままの石田に変わり、家康が、声を出す。



「そうか…!柚木が保護者になるのか!」

「何だ家康。先生に向かって…」

「柚木とわしは幼馴染なんだ!」



呆けていた石田の表情が驚きの表情へと変わり、再び視線は俺へと向けられる。



「(う…っ何ドキドキしてんだ、俺!)」

「本当か?」

「ああ、本当だよ。」

「そうか…」



しばらく考えた素振りを見せた後、石田は俺に向かってこう言った。



「私も、柚木と呼ぶがいいか?」

「え!?何で?」

「流石に、家の中でまで先生と呼ぶのは落ち着かん。」



お前も、三成と呼んでいいぞ、と石田は少し恥ずかしげに目を逸らしながら、そう言った。

…何だこの急展開は!
なんて叫びたい気持ちを抑え、俺は改めて二人へと向き直る。



「じゃ、じゃあ…明日よろしく。家康、三成。」

「明日?」

「うん。明日休みだから、明日業者に頼んで荷物運んでもらおうと思って。」

「手伝おうか?」

「いや、いいよ。ただ、朝からバタバタすると思う。ごめんな。」

「気にするな。」

「ありがと。」



本当は、石田と同居なんて、気持ちの整理がつかないから、
今日は帰って休んで、この出来事が夢ではない事を確認したいからだ。

ああ、本当に、むしろ夢であってくれ、なんて思いながら石田の顔を見てしまう。

この…心臓の高鳴り。



「(俺…確実に死ぬ…っ)」



好きな人と一つ屋根の下!?何と言う乙女展開!

いや、数々の少女漫画を友人から見せてもらった事があったが…
ここまで急激に展開するものは見た事が無い。

あったとしても…教師と生徒の同居生活なんて…っ



「(は!まさか…)なあ、今日ってエイプリールフールじゃねぇよな。」

「どーした柚木、今は7月だ。それに、顔が赤いぞ?」

「き、気のせいだ!」



詰め寄ってくる、家康を軽くあしらい、俺は家を後にしようと席を立つ。



「柚木。」

「ん?」

「前に…私とどこかで会ったことはないか?」

「え?」

「いや、気のせいだったらいいんだが…昔会った気がする。」



うーん、と唸りながら、石田が俺に顔を近づけてくる。



「み、み、三成くん?」



近くで見る石田の顔はとても綺麗だった。
髪の色も薄いが、睫毛も長く、髪と同じ、綺麗な色をしている。

色素の薄い目の中の自分は、酷く可笑しな顔をしていて、泣きそうになる。

どうやら、自分でも想いもよらぬぐらい、こいつに惚れているらしい…
緊張が伝わったのか、石田はゆっくりと身体を離し、すまない、と一言呟いた。



「(び、びっくりした…)じゃ、じゃあ、帰るな。」



荷物を持ち、半分逃げるような形で家を後にする。



「こんなんで暮らせるわけねぇよ…」



思春期の時、初めて部活の先輩に恋をした時の様な、甘酸っぱい感情。
初恋の時の様なこの胸の高鳴りは、一体どうすればいいやら。

盛大なため息がもれる。
俺の腕時計は7時を指し、腹時計の音は夕食の時間を知らせた。





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