ポケスペ
□タマゴ2
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ドアを開ける、と同時に誰かとすれ違った。
「!?」
すれ違った相手は何も言わずに走って外に出ていく。何かを抱えて。
一瞬しか見えなかったがそいつは確かに、
「ゴールド…?」
追いかけるのも話しかけるのも拒絶するようなその背中。
結局オレは間抜けな事にもゴールドを見送ってしまった。
研究所の奥の部屋の、本棚に一番近い机のパソコンの前。それがクリスの定位置だ。
いつもは、キーボードを叩いていたりマウスを操作していたり資料に集めに奔走したりしているクリスが、今日はぼんやりと椅子に座っていた。
「クリス…?」
パソコンはいつもの位置よりも本棚寄りになっている。
そしてその空いたスペースに試験管やビーカー、色のついた薬品が置いてあった。
「クリス?」
机から背を向けて椅子に座っているクリスの顔を覗く。
その目は何も見ていなかった。
「クリス!!」
名前を呼んで肩をつかむと、クリスの目がやっと焦点を合わせた。
「シルバー…?」
小さく息をつく。
「どうしたんだ?」
「ぁ…」
クリスの目にみるみる涙が溜まっていく。
それをそのままにクリスが震える声のままに言う。
それはいつものクリスでは無かった。
「反応が無かったの…」
「反応?なんの?」
「生命、反応が無かったの…っ」
クリスの目がまた焦点を失う。
どこも見ていない目から涙が落ちる。
「だから、なんの?」
もどかしい。
大切な物が抜け落ちている。それがもどかしい。
それを出さないように気をつけながら再度問う。
「…タ、マゴ、の…」
背筋が、すっと冷えた。
「タマゴって…、ゴールドの…?」
「そう…っ」
答えたクリスの背中が震える。
昨日まで大切そうに抱えていた。
あのタマゴか。
はっと気づいた。
「クリス、ゴールドは!?」
「え、」
クリスの顔が青ざめる。
「いない…!!」
「どこにいるか分かるか!?」
「分からない…!」
何で見送ったんだ。
あそこで止めておけば…!!
「私探してくるわ!」
無茶な、そう言って止めようとして、止めた。
クリスは本来、とても強い。
真面目だからこそ、とても強い。
そこにいたのはタマゴの死に我を失った少女ではなく、
いつもの強いクリスがそこにいた。
良かった。
クリスも大切な人だから、元に戻ってよかった。
これなら、オレがいなくても。
「お前はここにいろ。オレが探してくる」
「でも!」
顔をあげたクリスの顔がにわかに和らいだ。
「…分かってるのね?」
「大まかだけど」
「分かった。…任せるわ」
クリスが椅子に座りこむ。
真面目で優しいこいつは、タマゴの死に傷ついているのだ。
そして多分コイツ以上に傷ついている人間が、もう一人。
ドアに向かおうとして、足を止める。
おせっかいかと思ったが言わずにはいられなかった。
「・・・お前は少し休んでろ」
クリスは、いつもの笑顔で頷いた。