連載

□夜道を歩く際は細心の注意を払いましょう
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月さえも照らしてくれないような路地裏の道。
自分の足音だけが妙に響く。

-----あの道は通っちゃだめよ、暗いし、デるんだから。

母の言葉を思い出すが、それに従ってる程の余裕は無い。
なんせ門限まで時間が無いのだ。
約束違反はもう三回目になってしまうから、あの母の事だ、「外出禁止一週間!」とか言い出しかねない。
まぁ、でも、大丈夫なはずだ。
大通りと比べて確かに暗いしデるって噂もあるけど、自分だけは大丈夫。
あともう少しでこの道も終わるし、そうしたら、家まであと二分とかからずに帰れる。
ふ、と思い立って顔を上げた。
大通りの明かりが漏れてきてもおかしくないはずなのに、足元は未だに暗い。
なんか変。
嫌な予感。
暗闇に目を慣れさせながら、前方を見る。

「………?」

なんだアレ?


***


目が覚めた。
後頭部が痛い。
決して良い目覚めではない。
記憶をぼんやりと手繰り寄せる。
顔を上げて見た、道の終わりにあったあの人影。
もしかして、いや、もしかしなくとも、あれは。

後方に物音。
勢いよく振り向くと、あの時見えた人影と同じ、

-----その姿人と酷似したり。されど違いし箇所もまた多し。
-----獣の如し牙をもち…えーっと、獣の如し爪をもつ…だっけ。

ここまでしか覚えてない。
学び舎で教えられたものなんてそんなもんだ。

とにもかくにも、オレの目の前にいるのは
出来れば一生見ないで過ごしたかった「吸血鬼」だった。


***


その人影は、顔に何にも表情を浮かべずに、こちらに歩み寄って来た。
やばい。
本能的に思う。
咄嗟に腰を上げかけるが、逃げる間もなく手首を掴まれた。
そのまま、ぐいっと引き寄せられる。
見た目は同い年っぽいが力は全然違う。抵抗しても、歯が立たない。
睨むように顔を上げると、そいつの目と合った。

銀色に光る不思議な瞳。

まさかこうなるとは思いもよらず、しばらく見つめ合う。
いや、ただ驚いただけでは無くて、その瞳に吸い込まれる様な感じがした。
思考が絡め取られて、動けなくなる。

「命乞いとかしないのか」

突然訊かれて吃驚した。喋れるんかこいつ。
年、いや、こいつの年は知らないから、見た目とでもいいのか、それに合った声音だった。
オレよりも低め。
落ち着いた声だ。
そちらに気を取られて答えなかったら、オレへの興味は失せたらしい。
吸血鬼は、その不思議な色の目に一瞬だけ浮かばせた好奇心を消して、何も言わずにオレの首に噛みついた。

程無く。
ぶつっ、と音をたてて皮が爆ぜる。
体の中で、肉が抉られる音が聞した。
間をおいて、血を啜る音と金臭い匂い。
その音だけが部屋中に響く。

奥歯を噛締めて痛みに耐えながら、考える。

 血を吸われて死ぬ、ってどんな感じなのだろう。干からびて死ぬのか、酸欠で死ぬのか。
…どちらにしたって楽しい死に方ではない。いっそのこと来世に期待した方がいいのかも………。

ふと、血を啜る音が止まった。

最後に首筋を舐められ、それが一番痛かった、ふわりと血の匂いを残してソイツが離れる。

呆然としているオレに一言。


「………やめた」


「・・・・・・・・・は?」


気に入った、とソイツは言った。確かに言った。


「何でそうなる!?」


思わず大声になったオレを冷ややかに見下しつつ、断じてオレの背が低い訳ではない
あっちは立っていてこっちは座っているからだ、ソイツは続けた。


「命乞いしなかったから。叫ばなかったし」


「そんな理由で!!?」


「こんな人間初めて見た」


こちらを見つめる視線は、まるで、動物園で動物を見るような、そんな視線。


 なんだオレは珍種ってことか!?


そう思ったら、ぶっちーん、と何かが切れた。

勢いよく立ちあがってまっすぐにそいつを睨みつける。


「こちとら死ぬ覚悟もちゃんと出来てんだよむしろ来世に希望たくしてんだよ!!」


怒りにまかせて怒鳴り散らす。


「それを何だよ気に入ったって!!やるなら殺すまでちゃんと…」


突然。

視界が揺れた。

世界が回る。



どうやら、切れたのは一つではなかったらしい。

それに気づくのが遅すぎた。
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