ポケスペ
□行かないで2
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「君が最後かな?」
こくんと頷く。
後ろに人はいない。
と、思いきや、
「…シルバーっっ!!」
突然、名前を呼ばれた。
聞きなれた馬鹿の声。
船員が怪訝そうにオレと声の主を見比べるものだから、ちょっと居たたまれなくなった。
呼ぶならもう少し地味に呼んで欲しい。
大声は、派手というか、原始的というか。
小さく溜息を吐いてから、船員に向き直る。
「…五分で良いんで、待ってもらっていいですか?」
「え、」
良いけど、とか、五分だけだよ、ともごもごと言う船員に、ありがとうございます、と頭を下げる。
「ゴールド!」
名前を呼んで駆け寄る。
当の本人は、ずっと走ってきたらしい、息を荒げて今にも倒れそうだ。
「…大丈夫か?」
「・・・っや、・・・」
「は?何…」
「…行かないでっ…!」
金色の目に涙をためて、あぁきっとこれは走ってきた所為では無いだろう、荒い息の合間に詰め込むように言う。
ぎゅ、と服の裾を掴む。
荒く浅い呼吸の中に、嗚咽が混じっている。
そうさせているのは自分なのだと、すぐに分かった。
謝罪の言葉はぽろり、口から零れ出た。
「…ごめん。言わないで、黙ってて」
「……ま、えっ…行かな、い、って…!」
「…急だったから。向うに行ってから連絡するつもりだった。一週間くらいだから」
「・・・・・・・・・は?」
ぱっ、顔を上げた金色の目とかち合った。
まん丸く見開かれた目。
何かがおかしい、と思った。
そう思ったのは同じらしく、怪訝そうな声でゴールドが訊き返す。
「…一週間?」
「早ければもっと早く帰れる、けど…」
「え、あの、……向こうに住むんじゃないの?」
「・・・・・・・・・は?」
今度はこっちが訊き返す番だ。
「何でそうなる!」
「え!?だってカントーには先輩がいるし…。…むしろ何で一週間!?」
「この前の話は確かにそうだったが…。今回は全くの別件だ。姉さんに呼ばれただけだ」
「・・・・・・・・・ち、ちょっと整理時間をください・・・」
ゴールドは眉間に手を当てて、目を瞑る。
涙はすっかり乾いたようだ。
「・・・一週間で帰ってくるんだよな?」
「あぁ。だいたい」
「で、向こうに住む事は?」
「今のところ全く考えてない」
「・・・・・・・・・ん、合点がいきました!」
ゴールドはそう言って、地べたに座り込んだ。
黒い髪からのぞく耳が真っ赤だ。
「…何これただのオレの早とちりじゃん…!!」
「・・・そうみたいだな」
でも必死になってもらえて嬉しかった、
とは言ってやらない。
時計に目をやれば、もう三分ほど使いきってしまっていた。
何も出来ないな、などと内心で思いつつ、一応ゴールドにも伝えておく。
「初めに言っておく。…五分しか貰ってないんだ」
「・・・へ?」
ゴールドの腕を掴み、引っ張り上げる。
そのままぎゅっと抱き締めた。
奇声をあげて、咄嗟に逃げようとするのを無理矢理押さえつけて、きつくきつく抱き締める。
そうすれば、すぐに、ゴールドは諦めたように抵抗しなくなり。
恐る恐る、という感じで、オレの背中に手を伸ばす。
あぁ、くそ、可愛いな。
我慢できなくなって、ゴールドの唇に口付ける。
いつもよりは、少し長く。
唇から離れると、ゴールドは数拍遅れてから顔を真っ赤にさせた。
「ななな、なにしてんだよ!?」
「一週間分」
「っバカじゃねえの!!?」
耳だけじゃなく、顔まで赤い。
本当に、コイツは。
そろそろ五分だ。
時間切れ。
「じゃあな」
「え?行くの?」
「さっきも言った通り、五分しか貰ってないからな」
「…あぁ」
ゴールドが俯く。
そんな顔するなよ、頼むから。
ほとんど無意識で手を伸ばし、顎を掴んで上を向かせる。
無防備な首筋に吸いついて、痕を附ける。
「しっ・・・!?」
これで余計な虫は憑かなくなるだろうか。
そうなればいいのだけれど。
乗り込む間際に、ゴールドがオレの名前を呼ぶ。
先程と同じ大声。
派手で、原始的。
船員にすみません、とお辞儀をしてから船に乗り込む。
船員が向けてきた好奇の眼差しには、気づかないふりをする。
程無く船は動きだし、運行の遅れを詫びるアナウンスに、オレは罪悪感を感じる事となる。