short

□これは傷の舐め合いに過ぎないの
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「ヒート」
「なんだよ」
「セラが走って行ったのだが」
「…ちっ」


忌ま忌まし気に舌打ちをした彼は私と視線を合わさぬ様に、崩れた窓枠の向こうを見遣った。彼はわかりやすい部類の人間でこういう時は決まって何かやらかした後だ。そんな彼の隣に静かに腰を下ろす、横目に見た彼の瞳はいつもの激情を宿していなかった。


「ヒート」
「なんだよ」
「セラが好きか」


ぼんやりと遠くを見ていた彼の瞳が驚きに見開かれる、焦った様な色を浮かべてこちらに向き直した彼は食ってかかる勢いで私に言った。


「そうじゃねぇ」
「でも、嫌ってるわけでもねぇ」「無性に守りたくなる、そんだけだ」


だから、好きとかそんなモノじゃないと彼はまた私から視線を逸らした。そうかと生返事を返した私の膝にぽつりぽつりと黒点が出来る、頬に何か生温い液体が流れるのを感じた、胸が痛い。


「なんで『泣く』んだよ」
「『泣く』?」


『泣く』とは何だ?と聞くと彼は苦虫を噛み潰した様に眉を潜め『涙』が出る事だとぶっきらぼうに手の甲でその涙とやらを拭い取った。


「セラも、泣かしちまったな」
「あんな事しなきゃよかった」


私を見ているはずの瞳に私が写らない、私に投げ掛けているはずの言葉が私には届かない。きりきりと胸が締め付けられる、痛い痛い痛い。


「…悪い」
「止めろ」
「悪い」
「止めろ、止めてくれ」
「けどよ」
「私に言ってるんじゃないんだろう」
「だから、止め、て」


彼の顔が見れない、俯いた瞳からはぼろぼろと涙が零れる。息をする度に胸が、心臓のその奥底が軋み痛む。何故こんなに涙が出る、何故こんなに痛むのだ。心臓を掻きむしる様に力任せに防護服を掴んだ。わからない、この激しい感情の昂りの意味が何なのか。


「っヒー、ト」
「なんだ」
「胸が、痛い」
「お前が、喋る度に痛い」


痛いと再度呟いて顔を上げる、そこには困った様に情けなく眉を下げた彼が私を見つめていた。顔をしかめる事はあってもこんな困り切った顔をしている彼は珍しい、そうやって互いに見つめ合った。すると、彼は俺もだと微かに震えた声で言う。そして壊れ物を扱う様な優しげな手つきで私をその胸に抱いた。温かいその体温に安堵を感じた私は、雨音と彼の心音を耳にしながらそっと瞳を閉じた。


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