longS

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「痛むか?」
「いえ、掴まれただけなので…」


山南さんが『薬』を飲み襲い掛かってきたあの後、沖田さんを始め幹部達が広間に集まり私は自室へと引き上げさせられた。包帯が巻かれた腕をぼーっと見ていると斎藤さんが短く溜息をつくのが聞こえ、そっちに視線を移した。


「何故、あんたが広間にいた」
「…足音がして、誰だろうと思ってついていったんです」
「そうしたら千鶴ちゃんと山南さんがいて…」
「わかった、もういい」


ぴしゃりと先を閉ざされ、私が視線をさ迷わすと彼はいつになく冷えた瞳で私を見た。その瞳に覚えがあったが逸らす事は出来ない、大人しく彼の言葉を待った。


「…千鶴は仮にも綱道さんの娘だ。この事を知って当然かもしれないがあんたは違う」
「巻き込んで、すまない」
「え…」


てっきり怒られると身構えていた私は謝罪に拍子抜けしまう、それを見た斎藤さんは不思議に思ったのか少し首を傾げた。だがすぐに口を開く。


「あの場にいたなら大体の話を聞いてしまっているのだろう、たがわからない事もあるはずだ」
「『薬』について知りたい事があるか?答えられる範囲でなら答えるが」


知りたい事は沢山ある、でも今の事態をよく飲み込めていない私は真っ先に一番疑問だった事を口にした。


「…どうして新選組なんです」


根本的で馬鹿みたいな質問だった。でも、もしあの『薬』に新選組が関わっていたなかったら山南さんはあんな事にならなかったのだ。でもその質問に斎藤さんは呆れる様子もなく答えてくれる。


「新選組の仕事は治安を守るため、浪士を取り締まる事。それはあんたもわかっているだろう」
「だがそれも口で言う程、楽な事ではない」


何度か巡察に同行しているし、何より池田屋事件を経験しているから大変さはよくわかっているつもりだ。捕まれば終わりだと知っている浪士達は捨て身で抵抗してくる、下手をすればこちらが殺されてしまう。


「最初はとにかく人手が足りなくてな、十三人で動いてた時期もある。たまに来る入隊希望者も腕の立つ者がいなかった」
「幕府の上役が『薬』の話を持ち掛けて来たのもこの時だ」
「…断らなかったんですか?」
「新選組は幕府の命を受けて、京の治安を守っている」


斎藤さんはその先を言わなかったが、馬鹿な事を言ってしまったと後悔した。幕府のために働いているのに、その誘いを断れるはずがなかった。そして悲しい事に双方の利害は一致していた、幕府は新選組を『薬』の実験場にし、新選組は『薬』を使って人手不足を解消する。


「…千鶴ちゃんが見たあの狂った隊士の方は副作用を知っていたんですか?」
「あぁ」
「知っていて使ったんですか」
「強制ではない、合意の上だ」


少し責める様に言うと彼はそれを強く否定した。私だって大体の事情はわかった、新選組が『薬』に手を出すしかなかった事も仕方ないと思う。それでも言い表せない様なやるせない気持ちが私の中で膨らんでいた。


「新選組には『局中法度』と言う規則がある。これに背いた場合、即座に切腹しなければならん」
「まさか」
「…切腹するか、『薬』を飲むか。選ぶ余地はあった」
「っ、そんな!」


酷すぎる、と言う言葉を飲み込み、ただただ袴をきつく握りしめた。切腹すれば死ぬかもしれないが『薬』の実験台となれば生きていられるかもしれない、でも生きていても狂ってしまうなら…。規則も破ったのは確かにその本人達の責任だが、あまりにも惨いと思った。


「…山南さんも狂ってしまうんでしょうか」
「…それはわからん、改良したとは聞いていたがそれもどの程度の物か…」
「そう、ですか」


こんな時に気休めで大丈夫なんて斎藤さんが言ってくれるはずがない、それも知っていて聞いたのだ。この胸の内の不安が現実となっても、押し潰されないために。

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