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「今夜も楽だったね、一君」
「…問題が起こらなねばそれでいい」


横で背伸びをしながら総司がこぼした。時刻は戌の刻、すっかり辺りは闇に包まれていた。夜の巡察もこの辺りにして引き上げようと言う空気が漂う中、総司が俺の肩を軽く叩いて周囲に聞こえぬ様に低い声色で囁く。


「…あの乾物屋の手前、見える?」
「…ああ」
「暗くてよく見えないけど僕が行こうか?」
「いや、俺が行こう。総司は俺の組も連れて引き上げてくれ」
「うん、お先」


そう言って総司は俺から離れ、真逆の方向へと一番組と三番組の隊士を引き連れて行く。それを確認すると直ぐさま不審な人影が見えた乾物屋まで歩を進める。人影まであと少しの所で、あろうことか相手が小走りで近付いてきたのだ。用心のため、そっと刀に手を掛け姿が月明かりで見えるまで固唾を飲む。


「あの、すみま…え」


駆け寄ってきた人物を一目見て、刀から手を引いた。一人の少女がそう言いかけたまま俺の顔を見つめ、固まっている。そして、俺も掛ける言葉を無くしていた。町娘ならすぐに小言の一つや二つ出て来たがどうやらそうではないらしいのだ。呆けた様に立ち尽くす少女の服装を、俺は生まれてこの方一度も目にした事がない。


「…あんた、何者だ?」


やっと口から出た俺の言葉に少女の視線が答えに戸惑っている様にさ迷い出す。埒があかない、しかしこんな所に置いておく事は出来ないため屯所に一度連れ帰る事にした。ついて来いと言った俺の言う事に大人しく従う少女を見て、副長にどう説明すべきかと頭が痛くなった。

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