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それは本当にいつもと変わらない帰り道での出来事だった。唯一いつもと変わっていた事は、やけに月が輝いていた事だけ。



四月、夜になるとまだ肌寒い風の吹く中を家へと急ぐ。高校三年生になった私は先程まで部活の新入生歓迎会の準備に追われていた、来週に迫っているというのに部誌の締切以外はスローペースな部活なのだ。溜息をつくと同時に制服のポケットに入っている携帯が震えた、送られてきたメールの内容を見て思い出した。やらなければならない事が一つ増えてしまった、メールはそれを警告する様な文章だった。


一つは歓迎会の冊子止め、もう一つはゲームの催促である。メールの送り主である友人に数日前半ば無理矢理押し付けられて、説明書を少し読んだだけで今日まで放置していた。ゲームのタイトルは『薄桜鬼』、最近人気が急上昇している乙女ゲームである。その波がついに私の友人をも巻き込んだ様子で、巻き添えを喰らった感じだ。でも声優陣が中々に豪華な点は満更でもない、絵柄も好みだった。


(ご飯食べて、お風呂から出たら冊子片付けて、それからゲームかな…)


適当に返信用の文章を打ちながら頭の中で帰宅後の算段をつける。どう頑張っても軽く十二時を越えそうで、本日二度目の溜息をついた。ふと見上げた空に浮かぶ月についつい感傷的な気分になる、静まり返った住宅地の真ん中で雲一つない闇夜に浮かぶ月の何とも言えぬ綺麗さに思わず携帯のカメラを向けた。その時だった。


「うわっ!」


いきなり突風が吹いたのだ、カメラ越しの月に意識を持って行かれていた私はそれに驚いて慌てて目をつむる。数秒後、風が止んだ。春一番かなと疑問に思いつつ、撮り損ねた月に再度カメラを向けた。


「…あれ」


先程と同じはずの闇夜に居座る月に違和感を覚える、今、カメラ越しに見える月は雲がかかって霞んでいたのだ。とりあえず携帯を閉じて一歩下がる、すると聞き慣れたコンクリートの渇いた音ではなく砂利の跳ねる音がした。そこでやっと私は月から足元へと視線を移し、息を飲んだ。地面がコンクリートではなくなっている。


言葉を無くした私は周りをぐるりと見渡す、そこには見慣れた家の壁も道路も電柱もなく代わりに歴史の教科書のちょうど江戸時代辺りの挿絵にあった様な町並みが広がっていたのだ。有り得ない状況に呆然と立ち尽くした私は三回目の溜息をついた。

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