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□とられてたまるか
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「父様!」


そう声をかけられた直後、背中に確かな重みを感じた。やっと静かに仕事を始められると思った矢先の事だったため、なお頭が痛くなる。仕方なく背中の重みの主に話し掛けた。


「…父様は仕事中だ」
「昨日遊んでくれると約束しました!」
「はて、何の事やら…」
「父様!」


鬼は嘘をつきませぬ!と妻によく似た可愛いらしい口を尖らせて息子は唸る。そういえば昨夜の夕餉の刻、酒に煽られてそんな事を口にした様な気がする。目を通さねばならない書類が束で来たと言うのに、我ながら面倒な事をしたものだ。


「…そんなにお仕事大変ですか?」
「いや、期限はまだ先だ」
「それじゃ!」
「今日は息子の我が儘に付き合うとしよう」


喜び俺の周りをぱたぱたと走り回る息子を見て、思わず笑みが零れる。息子は鬼と人との合いの子として生まれたが、我等夫婦の心配などいらぬもの。その証拠に息子は完全なる鬼であった、やはり鬼と人では鬼の方が血が濃いらしい。


「さて、遊ぶと言っても屋敷の外には出ぬぞ」
「はい!あの、父様」
「なんだ」
「稽古をつけて欲しいです。今回は負けませぬ!」
「ほう、大層な自信だな」
「早く父様の様な強い鬼になりたいのです」
「強くなって、何がしたい」


少し意地の悪い質問に息子は悩むかと思ったが、直ぐさま瞳を輝かせて言い切った。


「母様を嫁に貰います!」


ぴしりと今まで穏やかだった空気が凍り付いた。幼子の戯れ事と頭では理解していても、先程の息子の言葉が何やら酷く引っ掛かるのだ。そして、息子が出来てからなりを潜めていたはずの小汚い嫉妬心が己に巣くうのを感じた。相手は幼子、おまけに我が子だと言い聞かせる。しかし、結局は自制心より嫉妬心が競り勝ってしまった俺は、笑顔で見つめる息子に言った。


「ならば真剣勝負だ、我が子よ」






「この庭はどういう事ですか、千景さん」
「母様を賭けて、男の真剣勝負をしたのです!」
「まぁ、勝ったのは俺だがな」


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